どんな微笑よりも…3

「和希!」
「紘司おにいちゃん?どうしたの?そんなに怖い顔をして。それよりバイトは?どうしてこんな時間に帰って来たの?」
「バイトは休んだ。」
「お休みしたの?どこか具合でも悪いの?」
「どこも悪くない。」
家に帰って来るなり、いつもと違う様子の篠宮に和希は不安を隠せない顔をしていた。
そんな和希に篠宮は、
「和希。俺がどうして怒っているのか解っているのか?」
「ううん、解らない。」
和希は素直に首を横に振る。
「俺に何か隠し事をしてないのか?」
「隠し事?ううん。僕は別に…」
「嘘を付くんじゃない!」
篠宮の声に和希はビクッとする。
一瞬怯えた顔をした和希の顔を篠宮は覗きこみながら、
「和希、俺は怒ってるんだぞ。どうして明日遠足だって事を言わない?」
「それ、どこで知ったの?」
和希は困った顔をして答えた。
「どこで知ったのじゃないだろう?明日のお弁当やお菓子の準備だってあるのに、どうして黙ってるんだ。」
「だって…」
「だって、何だ?」
和希は俯いて答えた。
「僕…遠足には…行かない…」
「どうしてだ?」
「…」
「和希!」
何も答えに和希に篠宮はため息を付く。
「和希はいじめにでもあっているのか?」
「えっ…?」
「それで遠足に行きたくないって言っているのか?」
「違う。」
「ならどうしてだ?去年はあんなに喜んで遠足に行ってたじゃないか?」
「…」
「和希?黙ってたんじゃ解らないんだよ。」
和希は顔を上げておずおずと言った。
「紘司おにいちゃん、怒らない?」
不安げな顔をする和希に篠宮は優しく微笑む。
「ああ、怒らないから本当の事を言ってごらん。」
「あのね…」
和希は戸惑いながら言った。
「遠足行くとお弁当やお菓子を持っていかないといけないでしょ。お金が掛かるから僕…行きたくないんだ。」
「和希…」
「だって、柾ちゃん病気でお金がいっぱい掛かるんでしょう?だから僕、遠足になんて行かない!」
和希の一言に篠宮は唖然としていた。


篠宮家に柾司が生まれたのは5年前だった。
当時3歳だった和希も7歳だった篠宮も柾司の誕生を心から喜んでいた。
だが、生まれてきた柾司は心臓に重い病気を持っていた。
篠宮が住んでいる田舎では十分な治療が出来る病院などなかった。
都会に行けば心臓専門のいい病院がある。
しかし、教会の神父をしている篠宮家にそんな大金を出す余裕はなかった。
まだ柾司が小さい為、篠宮の母は付きっきりで柾司の看病をしなければならなかった。
高校生の篠宮は家計を助ける為に高校に行きながらバイトをしていた。
小学2年生の和希は大変な家族を助ける為に、学校から帰ると家の用事をしていた。
洗濯、掃除、買い物、食事の支度、教会の準備などやる事は山ほどある。
遊びたい盛りだろうに、和希は文句の1つも言わないで友達とも遊ばずにいた。


そんなある日だった。
いつものように篠宮がバイトに行こうをすると和希の担任の先生に会った。
「紘司君、久しぶりね。」
「先生。お久しぶりです。和希がいつもお世話になってます。」
「こちらこそ。和希君は学級委員としてクラスで頑張っているので、私の方こそ色々と助けてもらってるんですよ。それにお友達思いもいい子で、クラスのお友達からの信頼も厚いんですよ。」
「そうなんですか?なんかたくさん褒めてもらって聞いていて恥ずかしくなってきます。」
「本当の事なんですよ。だた欲を言えばもう少し我を出して欲しいなと思ってるんですよ。和希君は何でも我慢してしまう子ですからね。」
「ああ。それは家でもそうかな?気にはなっているんですが…」
「柾司君の事があるから仕方ないと言えば仕方ないんですが、まだ和希君の歳でその事を気にかけて行動するのはちょっと可哀そうな気がするんですよね。」
「…」
篠宮の困った顔に気が付いた和希の担任は慌てて、
「でも、そこが和希君の良い所なんですよね。そういえば明日は遠足なので今夜は早く寝るように和希君に伝えて下さいね。」
「遠足?」
「ええ。動物園に行くんです。子供達皆楽しみにしてるんですよ。」
「そうなんですか…」
和希の担任の先生と別れた後、篠宮はバイト先に今日休む事を電話で伝え、家に向って急いで帰って行った。


「和希。子供がそんな事を気にしちゃいけないんだよ。」
「だって…」
「いいから。明日は皆と一緒に遠足に行くんだよ。」
「紘司おにいちゃん…でも…」
和希は困った顔をして篠宮を見ていた。
「お金なら気にしなくてもいいんだよ。俺のバイト代から出してあげるからね。」
「いいの?」
篠宮は和希の頭を撫でながら言った。
「ああ。さあ、一緒にお菓子と明日のお弁当のおかずを買いに行こう。」
「紘司おにいちゃん、本当にいいの?僕、遠足に行ってもいいの?」
「もちろんだ。」
「僕ね、本当は動物園に行ってみたかったんだ。」
「そうか。お友達と楽しんで行ってくるんだぞ。」
「うん!」
「よし。お菓子は何がいいんだ?」
「え〜と…」
篠宮の手を繋ぎながら和希は嬉しそうに話をしていた。




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