どんな微笑よりも…22
和希が鈴菱家に来て1ヶ月程経っていた。
和希は鈴菱家の後継者として相応しい教育を毎日受けていた。
幸いな事に中嶋から色々と教わっていたので、さほど苦労する事もなく覚えられた。
中嶋の家にいた時、和希はどうしてこんな事を学ばなければならないのか不思議だったが今では理解できる。
だが…
和希の本当の家を知らない中嶋はどうして上流階級の事を和希に教えていたのか、それが不思議でならんかった。
「和希様は本当に物覚えがよろしいですね。私も教えがいがあります。」
嬉しそうな顔をして家庭教師が言う。
そんな家庭教師に和希は、
「先生の教え方がいいからです。」
「本当に…和希様は奥ゆかしくてよろしいですね。今日の分はもう終わりです。」
「ありがとうございました。」
和希は家庭教師に頭を下げた。
家庭教師が部屋から出ると、和希は窓の側まで行きそっとため息を付いた。
ここに来て1ヶ月。
実の父にもあった。
とても頑固そうな人だった。
和希の実の母を心底愛してはいたが、身分を重んじる人だった。
愛していてもけして一緒にはならない。
自分の妻は今の妻しかいないと思っている。
身分、教養ともに今の妻は実の父を満足させていた。
和希にはその気持ちが理解できなかった。
愛しているのは和希の実の母なのに、あくまでも和希の実の母は愛人としてしか扱わないのだ。
それ程身分や教養は大切なのだろうか?
そして実の父の妻も理解しがたかった。
愛されてないのが分かっているのに、どうしてそこまで実の父に尽くせるのだろうか?
確かに妻という立場は強いものだと思う。
けれども、愛されてないのだ。
空しくはないのだろうか?
そして義妹の鈴音。
そんな両親の元で育っているのにとても明るい魅力的な女の子だった。
どうしてそんなに明るく振る舞えるのだろうか?
和希の育ってきた環境のせいか、どうしても理解できなかった。
“コンコン”
和希の部屋がノックされた。
「はい。どうぞ入って下さい。」
和希がそう言うとドアが開き、石塚が入って来た。
石塚は和希が鈴菱家に入ってからずっと側にいてくれて、今では和希の1番の理解者だった。
「和希様、お勉強お疲れ様でした。紅茶を入れましたのでお飲みになって下さい。」
「ありがとうございます。石塚さんが入れてくれた紅茶は凄く美味しいので大好きなんです。」
「もったいないお言葉です。」
石塚はテーブルの上に紅茶とクッキーを置いた。
「和希様、ここでの生活にもだいぶ慣れたようですね。」
「はい。皆様のお陰です。」
そう答えた和希はここで出会った人たちを思い出していた。
実の父親、その妻、そして義妹の鈴音、その婚約者の久我沼啓二。
久我沼は実の父の従兄弟にあたるのだが、まだ27歳という若さだった。
和希が現れなければ、鈴菱家の後継者になるはずだった。
恨まれても当然なのに、久我沼は『これからは君をサポートするから君の片腕だね』と優しく言ってくれた。
和希は本当に良い人達に囲まれていると思っていた。
しかし…
それは何も知らないから思えた事だった。
数日後、和希は信じられない話を立ち聞きしてしまうのであった。
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