どんな微笑よりも…23
それは本当に偶然が重なった出来事だった。
その日は偶々家庭教師が急な発熱で休みを取った。
その家庭教師の替わりに他の家庭教師が来る事になったが、都合によりいつもより1時間遅く来る事になった。
和希はいつもの時間に部屋に入り、1人で家庭教師が来るまで勉強をしていた。
が…今日は天気がよく気温も高いので喉が渇いてしまった。
わざわざ誰かを呼んで飲み物を持って来てもらうほどでもないと判断した和希は、部屋を出て厨房へと向かった。
その途中の部屋、義妹の鈴音の部屋のドアが僅かに開いていて中から声が漏れていた。
聞こうとは思わなかった和希だが、その内容にいけないと分かっていても足が止まってしまった。
中から聞こえてきた声は義妹の鈴音とその婚約者の久我沼だった。
「もうそろそろいいんじゃない?あの子、ここが安全だと信じ切っているみたいだし。」
「ああ。俺もそろそろいい顔をするのは疲れたしな。」
「クスクス…本当、貴方って演技が上手いわよね。『和希君の右腕になるからね』なんて思ってもない事、よく真顔で言えるわね。」
「それは鈴音さんだってそうだろう。『お兄様』なんてしおらしく呼んでいるのだからな。」
「仕方ないじゃない。取りあえずいい顔をしておかないと何かあった時疑われるのは嫌だわ。」
「それは私もそうだ。」
にやりと笑う久我沼に鈴音は、
「本当に、貴方だけは敵に回したくないタイプね。」
「おや?それは私も同じだな。」
「やっぱり私達気が合うのね。」
「だから婚約したんだろう?まあ、鈴音さんは半分以上この鈴菱家の財産目当てだけれどもね。」
「あら?貴方だってそうでしょ?だから私と婚約したんでしょう?」
挑むような目で久我沼を見る鈴音。
「さあ、どうだろうな。とにかく私達は利害が一致しているんだ。上手くやっていこうじゃないか。」
「分かってるわよ。で…あの子はどうするの?」
「近いうちに事故にでも遭ってもらうさ。」
「そう上手くいくの?あの子の側にはあの石塚がついているのよ。簡単にはいかないわよ。」
「分かってるさ。もう手は打ってある。この鈴菱家の後継者は俺だ。誰にもこの鈴菱家の財産は渡さないよ。」
そこまで聞いた和希はそっと扉の前から離れると、急いで鈴菱の家を飛び出した。
怖かった。
今まで優しいと思っていた鈴音や久我沼がそんな風に思っていただなんて思わなかった。
優しくしてくれていた石塚だってもしかしたら皆とグルになっているかもしれない。
こんな家にはもう1秒だっていられないと和希は判断した。
だが…
鈴菱家を飛び出して数分後、和希は困った事に気が付いた。
鈴菱家に来てから1ヶ月の間、和希は1度も外に出た事がなかった。
鈴菱家には車で来たので、鈴菱家がどこにあるのかさえ和希は知らなかった。
家を飛び出してきたはいいが、お金も持たずに出て来てしまった。
そして今自分がどこにいるのかさえ分からなかった和希だった。
途方にくれ、道の端で考え込んだ和希がふと気が付くと前から自分めがけて車が走って来ていた。
このままでは引かれる。
直感で和希は感じた。
だが…
今さらどこに行けばいいのだろう?
鈴菱家にはもう帰りたくない。
ふと、頭に浮かんだのは中嶋の顔。
「中嶋さん…」
和希はそう呟いた。
今1番会いたい人だった。
あんなに酷い事しかしない人だったけれども、いつも和希を労ってくれていた。
会いたい…でももう会えない…
中嶋さんにもう2度と会う事が叶えられないのなら…
そう和希が思った時、和希の身体は激しい痛みを感じ、意識が遠のいていった。
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