どんな微笑よりも…6

「俺が遊郭に言ったらいくらになるんだ?」
静かに和希は取り立ての人に声をかけた。
そんな和希を篠宮は怒って止めようとした。
「和希!家に入りなさいと何度も言っているだろう!いつからそんなに聞き分けの無い子になったんだ!」
「紘司にいさん、俺だってもう17なんです。いつまでも子供扱いはしないで下さい。」
「まだ17歳だ。お前は子供なんだ。大人の話に子供が顔を出すもんじゃない。」
「確かにまだ子供かも知れないけど、俺だって家族の役にたちたいんです。」
「もう十分役に立っている。和希は高校の費用だって自分のバイト代から出してくれているし、バイト代だって殆ど柾司の入院費用にまわしてくれているだろう。これ以上はいい。とにかく、もう中に入ってなさい。」
「紘司にいさん、でも俺は…」
和希がそこまで言った時、取り立ての人は、
「篠宮の牧師さんよう、聞き分けのいい坊やがいて幸せだなあ。」
「和希は渡さない。だから、この話はここまでだ。」
「そう言っても、借金が払えないんじゃ仕方ねえんじゃないのかい?」
「それは…必ず何とかするからもう少し待っていて欲しい。」
「もうその台詞は聞き飽きたんだよ。さっさと払って貰うか、この坊やを遊郭に売り渡すかどっちかに決めてくれないかねえ。」
「それは…」
篠宮が言い渋った時、和希が言った。
「俺が遊郭に行きます。」


「和希!」
篠宮を見て、和希は綺麗に微笑んだ。
「もう十分です、紘司にいさん。教会に捨てられていた俺をここまで育ててくれてありがとうございました。俺、凄く幸せでしたよ。」
「和希…何故その事を知っているんだ?」
「もう随分前です。教会で信者の人達が話していた会話で知りました。紘司にいさんは俺を柾司と同じように弟として可愛がってくれました。父さんも母さんも俺を紘司にいさんと柾司と同じように慈しんで育ててくれました。感謝してます。今度は俺が皆に恩返しをする番です。だから俺の事は気にしないで下さい。」
「和希…」
「紘司にいさん。俺、紘司にいさんが大好きでした。だから紘司にいさんの役にたててこんなに嬉しい事はないんですよ。」
和希は呆然としている篠宮の側に来ると、そっと篠宮の頬にキスをして、ふわりと微笑んだ。
「今まで弟として大事にしてくれてありがとうございました。俺…ここでの暮らしは一生忘れません。父さんと母さんを大事にして下さい。 柾司の病気が早く良くなる事を祈ってます。」


そう言うと和希は取り立ての人に言った。
「話は終わりました。それで俺は幾らくらいになるんですか?」
「そうだな…」
取り立ての人は手で和希の顎を上げ、顔を見定める。
「思ったよりも綺麗な顔をしているな。そうだな…借金を返して残りはこれくらいかな。」
取り立ての人が紙に金額を書くと、和希はニコッと笑って、
「この金額で構いません。で、手続きはどこでするんですか?」
篠宮の前で行われている取引に篠宮は何も言えずにいた。
何とかしなくては…と思っても和希が真実を知っていたショックで気が動転してしまい、どうにもならない状態だった。
そんな間にも会話はどんどん進んでいく。
「今上の者を連れてくるので、そこで書類を交わしたら契約完了だ。1時間後に借金明細とお金を持ってくるからそれまでここで兄弟の別れでもしておくんだな。」
そう言って取り立ての人が車でいったん帰っていった後、和希は呆然としている篠宮に言った。
「紘司にいさん、俺紅茶を入れてきますから待ってて下さいね。最後に俺の入れた紅茶を飲んで下さいね。」
家に入って行った和希を篠宮は何も言えずにただ呆然と見つめていた。




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