どんな微笑よりも…8

「篠宮。」
「中嶋じゃないか!どうしてここに?」
中嶋は顔色1つ変えずに、驚いた顔をしている篠宮に言った。
「祖母から篠宮の教会の話を聞かされたんだ。何とかして欲しいと。」
「中嶋夫人から?」
「ああ。篠宮の弟の病気の入院費の為にかなりの借金をしていると。しかし、返金の目途が立たずに困っているので何とかできないかとな。自分が動くわけにはいかないので、祖母は俺に何とかできないかと相談してきたんだ。」
篠宮は困った顔をして、
「参ったな。信者の方にも迷惑を掛けてしまうだなんて。」
「篠宮は学生の時から変わらないな。何でもかんでも自分1人で背負うととして、駄目にしてしまうんだ。少しは周りに相談したり、頼る事を覚えたらどうだ?だから今回のような事になるんだぞ。」
「そ…それは…そうかもしれないが…これはあくまでも家族の問題だから。」
「ほう。家族の問題だから自分の弟を遊郭にやっても当たり前と言うんだな。」
「なっ…それは違う!」
篠宮は中嶋の一言にカッとなって怒鳴った。
「どこが違うと言うんだ?篠宮がもっとしっかりしてたらそいつは遊郭に行くなんて自分から馬鹿な事は言わないだろう?何でも自分1人で解決しようとするから失敗するんだ。」
「紘司にいさんを責めないで下さい。」


それまで黙ってきいていた和希が2人の会話に口を挟んだ。
「和希?」
「お願いですから紘司にいさんを悪く言わないで下さい。紘司にいさんは俺に止めろって言ってくれたんです。でも、俺が勝手に行くって言ったんです。だから紘司にいさんは何も悪くないんです。」
「ほう…」
中嶋は和希の前まで歩いて来ると、和希の顎を掴み顔を上げさせた。
「思ったより綺麗な顔をしているな。」
「あ…あの…」
和希は戸惑っていた。
そんな和希の様子に気付いた中嶋は、
「どうだ?遊郭に行くのを止めて俺のところに来ないか?」
「えっ?貴方の所にですか?」
「ああ。俺は今1人暮らしをしていてな。色々と不便が多いんだ。お前が俺の所に来るなら借金を全額肩代わりしてやる。」
「本当ですか?」
「もちろんだ。ただし、全額必ず返してもらうぞ。利子は取らない。利子はお前が払ってくれたらいい。」
「俺が?でも、俺お金なんて持っていませんけど?」
「馬鹿か、お前は。誰もお前からお金を取ろうなんて思ってないさ。その身体で返してくれればいい?」
「身体でって…?」
不安そうな顔をする和希を中嶋はニヤッと笑いながら和希の耳元で囁いた。
「遊郭に行く気だったんだろう?だったら俺に奉仕するくらい楽な事だろう?」
「…」
驚いた瞳で和希は中嶋を見つめた。


そんな2人の会話に篠宮は声をかける。
「中嶋。和希に何をさせる気だ?」
「俺の身の回りの世話だ。簡単に言うと家政婦代わりだ。」
「家政婦?」
「ああ。俺も仕事が忙しくてな。いつもは家政婦に頼んでいるんだが、それをかわりにやってもらいたいんだ。それで利子はなしという事で借金の肩代わりをしよう。どうだ?悪い話ではないだろう?」
篠宮は考え始めた。
和希をこのまま遊郭に行かせたくはない。
しかし、借金を返す為には和希を遊郭に行かせなくてはならない。
それだけはしたくない。
だが、その為に友人に甘えてしまっても構わないのだろうか?
確かに中嶋の家は裕福だから借金の肩代わりなど楽にできるだろう。
今はそれしか和希を遊郭に行かせない方法はない。
それに中嶋の所だったら安心して和希を預けられるだろう。


「中嶋、お前に甘えてしまってもいいのだろうか?」
中嶋は意味深に微笑むと、
「ああ。構わない。俺もそのつもりでここに来たんだ。この教会には祖母が世話になっているからな。せめてもの恩返しだ。借金の取立て屋には俺が話をつけよう。」
「いいのか?」
「構わない。」
「後10分もしないで、遊郭の話をしにここに来るはずなんだ。」
「そうか。なら、そこで俺が片をつけてやる。安心するがいい。」
中嶋の言葉に篠宮は心底安心した顔を見せた。
そして篠宮は和希の方に振り返り、優しく微笑んだ。
「良かったな、和希。これで安心だ。」
「あっ…はい。あの…紘司にいさんはこちらの…中嶋さんって方を知ってるんですか?」
「ああ。和希は中嶋に会ったのは初めてか?」
「はい。」
「中嶋とは高校時代の同級生なんだ。大学は医学部に進み、今は医者をしている。」
「お医者様なんですか?」
「ああ。柾司が入院している病院の院長の息子なんだ。」
「あの大病院のご子息なんですか?」
「今はただの研修医だ。父の病院ではなく別の病院で働いている。」
驚いた顔をしている和希に中嶋は一言そう言った。
それでも凄いと和希は思った。


「それに中嶋はこの教会の信者の中嶋夫人の孫なんだ。」
「中嶋夫人の?」
「俺も高校に入って初めて知ったんだ。中嶋夫人はここで1人暮らしをなされているからな。」
「祖母はここが気に入ってどうしてもここで余生を過ごしたいと言ってきかなかったんだ。それで父と母が折れて、元気な間だけここで1人暮らしをしているんだ。」
「そんな中嶋夫人が心配で優しい孫の中嶋は時々中嶋夫人の所に来てるんだ。教会にも何度か中嶋夫人と来てくれていたのだが、和希は覚えてないか?」
「はい。ごめんなさい。」
「謝る必要などない。それよりも、中嶋。本当にいいのか?」
「構わない。そのつもりで祖母も俺をここに寄越したのだからな。全額現金で返してやるから安心しろ。」
「ありがとう。中嶋。何てお礼を言ったらいいのか解らないくらいだ。」
「何、礼なら後で祖母に言ってくれ。ただし、人前では言うな。その為に俺が来たんだからな。」
「解った。」
篠宮は嬉しそうな顔で中嶋に頭を何度も下げていた。


だが、篠宮は先程の中嶋と和希の会話を知らなかった。
中嶋の本当の目的を…
それでも、和希は何人もの男の客を取らされる遊郭に行くよりも、中嶋1人に抱かれる方が良いと思っていた。
そう…遊郭に行っても中嶋の所に行っても身体を差し出さなくてはならないなら、まだ1人の人に尽くす方が幸せだとその時の和希は思っていた。




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