未来への扉10

「遠藤、よく来たな。」
満開の桜の下、哲也は大声で和希に声をかける。
その声に気付いた和希は、最高の笑顔をして声の主の所まで走って行く。
「丹羽先輩、お久しぶりです。今日からまたお世話になります。よろしくお願いします。」
「おお、任せとけ。解らない事があったら何でも俺に聞けよ。」
「はい。」
和希の髪の毛を優しく撫でながら哲也は言う。
そんな哲也に嬉しそうに和希は頷いた。
そこだけが違う世界に見えてくる。


哲也がベルリバティ中学を卒業して2年が経っていた。
その間、時々鈴菱家に哲也は遊びには行っていたがゆっくりと和希と会話をする時間も持てずに時は流れていた。
そして、今日はベルリバティ高校の入学式。
和希と豊は揃ってベルリバティ高校に入学してきた。
そして今和希と哲也は久しぶりに再会を果たしたのである。
そんな幸せそうな再会の様子に水をさすように、
「丹羽、いい加減にしろ!うっとうしい!」
「和希、何してるんだよ!哲也なんてほっとけよ!」
丹羽の親友であり、ここベルリバティ高校3年生徒会副会長の中嶋英明と、和希の親戚であり現在一緒に暮らしている同じ歳の鈴菱豊。
2人は呆れた顔をして哲也と和希を見ていた。
そんな2人の視線に気付いた和希は哲也からそっと離れようとするが、哲也は和希を離そうとはしない。
「なんだ、お前ら2人揃って。やきもちか?」
「馬鹿言うな。誰にやきもちをやくんだ。見苦しいから言ったまでだ。」
「見苦しいって。これのどこがだ?先輩が後輩を優しく出迎えているだけだろう?」
「自覚がない奴と話していても時間の無駄だ。それよりも、これから生徒会の仕事があるだろう?いつまでここに居る気だ、丹羽哲也生徒会長。」
「ちぇ…、折角の再会なのにな。遠藤、俺はこれから新入生の歓迎会の準備があって忙しいんだ。また後で会いに行くからな。」
哲也は名残惜しそうにそう言うと、和希はニコッと笑って答えた。
「はい、丹羽先輩。生徒会長のお仕事頑張って下さいね。」
久しぶりに見る和希の笑顔に哲也の心臓はドキッとするが、その意味にはまだ気付いていない哲也だった。


哲也と中嶋を見送った和希に豊は声をかける。
「これで満足か、和希?」
「豊さん…」
和希は困った顔をして豊を見た。
「和希ってばさあ、何だってそんなに哲也に懐くんだ?俺、前がらずっと気になっていたんだ。哲也のどこが良くてそんなに慕うのかなってさ。」
「それは…」
和希自身もよく解ってなかった。
ただ何となく哲也の側にいると安心できて、安らげるのであった。
だから、改めて訳など聞かれても答えようがなかった。
「どこがって急に聞かれても…ただ丹羽先輩には入院中にお世話になって、そのせいか安心できるんです。」
「ふ〜ん、安心ねえ。確かに哲也にはそういう面があるからな。そうか。ならいいや。」
嬉しそうに答える豊に、返って不信に思ってしまう和希。
「豊さん、それってどういう意味ですか?」
「いや、別に。あんまり和希が哲也の事気にするからさ、2人の間に何かあるかと思っただけだから。」
「何かって?何があるっていうんですか?変な事言うんですね、豊さんって。」
「そうか?和希は俺の大切な右腕だろう?和希に何かあったら困るからな。心配しただけだ。」
心配されるような間柄じゃないんだけどな…と和希は思いながら、自分を心配してくれる豊に感謝をする。


和希が鈴菱家に来て以来、豊は和希に本当によくしてくれている。
この3年間、豊と一緒に過ごした和希は豊には言い尽くせないくらい感謝している。
豊と共に家庭教師について勉強した事。
華族の生活を教えてもらい、様々な社交場にも顔を出していた。
また、少し早いが鈴菱の系列の会社の手伝いもさせてもらっている。
こちらは豊とは別に行動している。
鈴吉から言われているからだ。
豊が和希を気に入っているので、いつも側に和希を置きたがる豊に、それでは2人共依存症になってしまうからと懸念されたからだった。
週に1,2度程度の手伝いだが、楽しく仕事をさせてもらっている。
もっとも、所詮中学生の和希だから雑用ばかりだが、人の役にたつのが嬉しい和希は一生懸命やるので、仕事場では会社のマスコットのように皆に可愛がられていた。
勉強も仕事に対する熱意もいい和希に、豊ではないが将来は鈴菱の本社に入り豊の右腕として鈴菱を盛り上げてもらいたいと密かに願っている鈴吉や鈴菱であった。


「そろそろ入学式が始まりますね。行きましょうか、豊さん。」
和希は微笑んで話かける。
そんな和希の笑顔に満足した豊は、
「そうだな。行くか。…和希、今日から高校生だけど、これからもよろしくな。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
桜の舞い散る中、幸せに微笑む和希。
これから始まる高校生活。
そして、鈴菱の中で自分を磨いていく事。
和希の未来は明るく輝いているとこの時は思っていた。
しかし…
その希望と夢が打ち砕かれようとは、この時の和希には想像すらできなかった。

入学式から数日後、対面式が行われた。
と言っても、ベルリバティ高校は1学年50人しかいないので、1学年2クラスしかない。
半分以上がベルリバティ中学からの生徒なので、顔馴染みもあり、意気揚々と行われていた。
それもそのはずで、主催が生徒会なので、丹羽生徒会長が中心となって行っているのでとても楽しい対面式だった。
堅苦しい挨拶が済むと、気軽に話せるフリータイムになった。
和希と豊もクラスメートと楽しそうに話していた。
「和希、久しぶりだな。」
「おひさしぶりです、和希君。」
2年の西園寺と七条が和希に話しかけてきた。
「郁先輩、臣先輩。お久しぶりです。またお世話になります。よろしくお願いします。」
和希は笑顔で答えた。


西園寺の母と和希の母鈴香はとても仲が良かったので、和希は小さい頃何度も西園寺家に母と遊びに行っていた。
西園寺家は華族の中でもかなり上の方で、その生活ぶりに毎回和希は驚かされていた。
そしてそこの1人息子の郁の美しさによく見とれていた和希だった。
和希の素直な性格は、西園寺にとても気に入られていた。
七条は華族ではないが、西園寺家とは昔から関わりがあり、西園寺とは幼馴染だった。
西園寺と七条はいつも一緒にいるので、和希は西園寺家に行くたびに2人に遊んでもらっていた。
大好きな1つ年上のおにいちゃん…それが和希にとっての西園寺と七条だった。
2人共、和希の過去を知っているが、事情を知っている為和希を最初から“遠藤和希”として扱ってくれた。
和希の秘密を知っている数少ない人だ。


「和希、高校でも生徒会に入るのか?」
「あの…郁先輩も臣先輩も生徒会役員なんですよね。」
「ああ、中学と違ってここの生徒会は面白いぞ。まあ、丹羽と中嶋はいるが、和希は気にならないだろう?」
「はい。」
「それでは、また一緒にやれるな。」
西園寺に聞かれ、和希は少し悩んだ顔をした。
「えっと…ちょっと考え中なんです。」
「おや?これは珍しいですね。僕は入ると睨んでましたがね。」
和希は困った顔で答えた。
「色々あるんですよ、臣先輩。」
「色々ですか?それはもしかして丹羽生徒会長の事ですか?」
微笑みながら聞いてきる七条に、和希は顔を赤くして答える。
「な…なんでそこに丹羽先輩が出てくるんですか?丹羽先輩は関係ないでしょう?」
「おや?そうですか?和希君はとても丹羽生徒会長と親しそうですので、何かあるのかと思ってたんです。」
「何かって何があるって言うんですか?丹羽先輩はただ…」


そこまで言って和希は黙ってしまった。
答えられなかったからだ。
哲也が和希の事をどう思っているかなんて聞いた事もない。
気付くと、いつも側にいてくれた…そんな感じだった。
哲也の側にいると安心できた。
好きなのだろうか?
考えもした事がなかったが、気付くといつも丹羽先輩を探している自分がいた。
急に黙りこくった和希を心配した顔で七条は見詰める。
「和希君?」
その声にはっとする和希。
いつもの笑顔を作り、
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてました。」
「そうですか?ならいいのですが…」


「遠藤!!」
大声で和希の名を呼びながら哲也が和希の側にやって来た。
「おっ!郁ちゃんと一緒か?いいなぁ、遠藤は。郁ちゃんに好かれててさ。」
西園寺は心底嫌そうな顔をする。
「丹羽。何の用だ。」
「冷てえな、郁ちゃんは。」
「用がないなら私はここから失礼する。行くぞ、臣。」
「はい、郁。」
「おい、待てよ。あからさまに逃げなくたっていいじゃねえかよ。」
「私は逃げてなんていない。」
「嘘付け。これのどこがだ?」
そんな2人のやり取りと周りは楽しそうに見詰めている。
そんな中で和希の胸はチクッと痛んだ。
でも、その事を振り切るように顔を横に振った。


「和希?お前何してるんだ?」
「豊さん…}
「具合でも悪いのか?顔色が少し悪いぞ?」
心配そうに和希を見詰める豊に和希は微笑む。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「そうか?あんまり無理するなよ?」
「はい。」
そんな豊の優しさに和希は感謝する。
豊は本当に和希によくしてくれている。
申し訳ないくらいだと、和希は思っている。
「そう言えば、和希、お前また生徒会に入るのか?」
「あっ…できたら…駄目ですか?」
和希は豊に尋ねる。
尋ねられた事により、豊のご機嫌もよくなる。
「う〜ん、俺としてはあんまり賛成できないけど…やりたいんだろう、和希?」
「はい…できれば…でも…豊さんが反対なら辞めます。」
その一言で豊は許してしまう。
和希は何かをする時は必ず豊に伺いをたてる。
それが、豊にとっては嬉しかった。


豊は優しく微笑む。
「いいぜ。やっても。その代わり、俺との時間も作れよ。」
「はい!もちろんです。豊さんと一緒に勉強するの、俺大好きですから。」
「そうか?ならやれよ。」
和希の嬉しそうな笑顔に豊は嬉しくなる。
和希と一緒にいる時間が減るのは仕方ないが、豊には鈴菱としてやらなければならない事が多い。
だから、いつも和希と一緒にいる訳にはいかないのだ。
「それしても、和希高校の制服、よく似合ってるよな。中学の淡いオレンジ色のブレザーも良かったけど、やっぱり高校の赤っぽい色のブレザーの方が良くにあうな。」
「そうですか?豊さんもお似合いですよ。」
ふわりと笑って和希は答える。
色が白い和希に高校のブレザーはよく生える。
実は初めて和希の制服姿を見た豊はそのあまりに色っぽい姿に一瞬ドキッとしてしまった程だった。
そんな事は知らない和希は豊の前で相変わらず、無邪気に微笑む。
その笑顔がいつも自分だけに向いていれば良いのに…そう無意識に思う豊だった。








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