未来への扉11
和希がベルリバティ高校に入学してもう2ヶ月が経っていた。
その間に和希は哲也や中嶋、西園寺、七条達と同じ生徒会役員になっていた。
鈴菱の関係で毎日学校に通う事は無理だったが、豊ほど休む事はなかった。
日々の勉強、生徒会役員としての活動、クラスの役員など毎日が本当に忙しく慌しく過ぎていく。
そして家に帰れば、豊と共に家庭教師について勉強したり、手伝いをさせてもらってる会社に行ったりしている。
気が付けば寝るのはいつも深夜だった。
けれども、どんなに大変でも和希は今の生活が気に入っていた。
家では豊と一緒にいつも行動している。
一緒に笑ったり、悩んだりする。
学校では、クラスメートと遊んだり、生徒会では皆にマスコットのように可愛がられている。
そして、何より哲也が側にいる。
対面式で気付いた想い…それは日々大きくなっていった。
自分でもこんなに好きになるなんて信じられなかった。
でも、和希はその想いを隠していた。
もし気付かれたら…和希は怖かった。
男から好かれるなんて、普通は気持ち悪がられるだろう。
哲也に嫌われたら、生きていくのが辛くなる。
だから…この想いは封印した。
和希は哲也の後輩…そのポジションが丁度いいと思うようにしていた。
そして季節は6月…梅雨の季節を迎えていた。
和希の想いには中嶋も西園寺、七条も気付いていた。
気付かないのは、哲也と豊だけであった。
中嶋は、和希がその想いを隠し通すならそれでいいと思っていた。
中嶋の調べはかなりのものだった。
和希の過去は全て調べ上げていた。
和希がもし哲也と付き合うならその過去を全て哲也に話さないと認める気はなかった。
哲也の性格からして騙されたと知った時の反応が手を取るように見えるからだ。
ばれた時の2人の傷付く姿など見たくはなかったからだ。
いや…哲也はどうでもいい。
あいつは勝手に立ち直るだろう。
問題は和希だ。
きっと立ち上がれるようになるには、かなりの時間を要するだろう。
そんな無駄な思いをするなら、自分が付き合うと思っていた。
自分は男だから、という偏見はない。
和希とならきっと相性がいいだろう。
西園寺は和希の想いに複雑な思いで見つめていた。
小さい頃から「郁おにいちゃん」と懐いていた和希がよりにもよってあのがさつで失礼極まりない奴に惚れているのだ。
許しがたい出来事だった。
でも、和希がその想いを言う気がないなら、自分が忘れさせようと思っていた。
どうせ、あの男は和希の想いにすら気付いていない。
なら簡単だ。
あの頃と同じように楽しい時を過ごせばいい…そう西園寺は思っていた。
七条もまた、悩んでいた。
確かに少々問題はあるが丹羽会長はいい人だ。
けれど、いくらいい人でも和希に相応しいかとなると別問題だ。
明らかに不釣合いだ。
丹羽会長のものになるくらいなら自分のものにしたい。
あの可愛かった和希君。
いつも、「臣おにいちゃん」と言って笑ってくれていた。
その微笑が自分に向けられたらどんなに幸せだろう。
なのに丹羽会長ときたらその微笑にあまりにも無頓着だ。
あれでは和希君が可哀そうだ。
自分なら和希君にあんな寂しそうな顔はさせない…
一方豊は…
相変わらず和希と一緒にいる生活に満足していた。
何をするにも必ず豊に伺いを立てる和希。
いつも豊に向ってはにかむように笑っているその笑顔が好きだった。
一人っ子として育った豊にとって和希はまるで兄弟のようだと思っている。
毎日1人で寂しかったが今は違う。
それが豊にとってかけがいの無い宝物のようなものだった。
これから鈴菱を背負っていく不安はいつもあったが、今はそれがない。
和希と一緒なら必ずやれる、成功させてみせる…そう思っていた。
だから、今まで以上に和希に側にいてもらおうと思っていた。
和希と哲也はそんな皆の気持ちなど気付いてはいない。
だが、それぞれにそろそろ行動に移そうとしていた。
その時、和希は、哲也はどうなるのでしょうか?
平和な学園生活に訪れようとしている波風にこれからどう立ち向かっていくのでしょうか?
何も気付かずに今日も和希は哲也に笑いかけています。
そんな和希に哲也は嬉しそうに答えてます。
「丹羽先輩、この書類はどうするんですか?」
「あっ?どれ見せてみろ。ああ、これか。これはこうするといいんだぞ。」
「あっ…そうか…解りました。ありがとうございます。丹羽先輩。」
「いや、大した事ないから。何か解らない事があったらまず俺に聞けよ?解ったな遠藤。」
「はい。」
何も知らずに、生徒会室で楽しそうに会話をしている2人でした。
珍しく雨が上がって眩しい日差しがさす生徒会室で西園寺が和希に話掛けた。
「和希、明後日時間があるなら家へ来ないか?」
「えっ?郁先輩のお宅へですか?」
「ああ。和希の事を話たら母が会いたがってな。それとちょうど美味しい紅茶が手に入ったんだ。是非和希と一緒に飲みたいと思ってな。」
「郁先輩のお母様にはすっかりご無沙汰してしまってますから、俺もお会いしたいです。」
「なら、大丈夫だな?」
優しく微笑む西園寺に、和希は少し困った顔をしながら答えた。
「でも…豊さんに聞かないと…勝手に外出はしない事にしているんです。」
「鈴菱にか?」
「はい。」
「なら、鈴菱も一緒に誘えばいいじゃないか?それなら問題はないんだろう?」
「はい。でもちょっと待ってて下さいね。」
そう言うと和希は生徒手帳を開いて中を確認した。
そして微笑みながら、
「今の所、豊さんは予定が入ってないので大丈夫だと思いますが、本人に聞かないと何とも答えられないので、今夜郁先輩のお宅にお電話しても構いませんか?」
「ああ、それは構わないが…和希は鈴菱のスケジュールを管理しているのか?」
「はい。伯父に将来の勉強になるからって。可笑しいですか?」
「いや…」
さすが鈴菱グループだ。
和希の将来をすでにサポートしているという所か…
和希自身はその事にはまだ気付いていないが、この分ではそうとう鍛えられているのだろう。
昔から飲み込みが早く、素直な性格だからきっと周りには大事にされているんだろう。
その時、
「おや、和希君は郁の家に遊びに行くんですか?」
「臣先輩。はい、今郁先輩に誘われたんです。でも、まだ豊さんに聞いてないので行けるかどうか解らないんです。」
「和希君はいつも鈴菱君にお伺いを立てるんですね。」
「えっ?別にいつもって訳じゃないですけど。豊さんには色々とお世話になっているし。」
「フッ…和希君は優しいですね。」
「えっ、えっ…優しいって…」
和希は顔を赤くする。
豊に対しての接し方は普通の事なのに、そんな風に言われると何と言って答えていいか解らなくなってしまう。
「臣、よさないか。和希が困ってるのが解らないのか?」
「はい、郁。和希君が可愛らしいのでつい意地悪をしてしまいました。」
「まったく…臣が意地悪などと言う言葉を使うとはな。呆れてものが言えないぞ。」
「おや?僕はこういう性格だって郁はもうとっくにご存知だと思いましたが?意外ですね。」
「ああ言えば、こう言う。臣、その性格を少し直さないと和希に嫌われるぞ。」
「それは困りましたね。」
七条は和希の方を向くと、
「こんな僕はお嫌いですか?和希君。」
「えっ?いえ…俺は臣先輩が好きですよ。」
七条は嬉しそうに微笑むと、西園寺の方を向きニッコリと笑って答えた。
「だそうです、郁。」
西園寺はため息を付きながら、
「まったく、お前には構わないな、臣。」
西園寺と七条はお互いの顔を見合わせて笑った。
そんな穏やかな空気を壊すかの様に哲也が声をかけてきた。
「郁ちゃん、凄く楽しそうじゃねえか?何話してるんだ?」
「お前には関係の無い事だ。」
「冷てえなぁ、郁ちゃんは。」
「丹羽、何度言えば覚えるんだ?郁ちゃんと呼ぶのは止めろと言った筈だが。」
「いいじゃねえか。可愛いだろう、そう呼んだ方が。」
「私は不愉快だ。」
いつもの会話に七条も中嶋も呆れて見ている。
和希も困った風に笑いながら見ているが、胸が詰まりそうだった。
いつも『郁ちゃん』と呼ぶ丹羽先輩。
自分の事は『遠藤』としか呼んでくれない。
ああやって郁先輩のようにスキンシップをとってくれる事も無い。
解っていた筈だ。
丹羽先輩は俺の事なんてただの後輩にしか思ってない事ぐらい。
だけど…丹羽先輩が好きだから苦しい。
笑ってなくちゃいけない自分が嫌になる。
こんな気持ち今まで感じた事はなかった。
どうしたらいいのだろう?
「遠藤?」
和希はハッとして顔を上げると目の前に哲也の顔があり、真っ赤になる。
「どうした?顔が赤いぞ?熱でもあるのか?」
哲也は和希の額に自分の額をくっつけて熱を測る。
更に赤い顔になる和希。
和希から離れた哲也は、
「少し熱があるんじゃねえか?今日はもう帰った方がいいぜ?」
「いえ…大丈夫です…」
和希は俯いて答える。
優しくして欲しい。
でも、優しくされると期待してしまう自分がそこにいる。
そんな風に思ってしまう自分が嫌だった。
和希はニッコリと微笑むと、
「大丈夫です。ご心配かけてすみません、丹羽先輩。」
「そうか?遠藤がそう言うならいいけどよぅ。無理はするなよ?」
「はい。ありがとうございます。」
そんな和希の頭を哲也は撫でながら、
「で、お前に聞きたい事があるんだけどよ。」
「何ですか?」
「さっき、郁ちゃんと何楽しそうに話してたんだ?」
「え〜と…」
和希は西園寺を見る。
勝手に言っては拙いと思ったからだ。
「丹羽、和希が困ってるだろう?」
「そうですよ、丹羽生徒会長。可愛い後輩をいじめては拙いと思いますが。」
「おいおい、2人して何言ってるんだよ。これのどこがいじめだって言うんだよ?」
「そうだな、遠藤が困っている時点でもう既にいじめだろう?」
「ヒデ、お前まで何言ってるんだよ。」
「遠藤が生徒会長に無理矢理言わされそうになってるんだ。仕方ない事だろう?」
「何だよ、皆して俺が悪者じゃねえか。」
不貞腐れて言う哲也に、困った和希は、
「郁先輩、話してもいいですか?」
そっと小声で尋ねる。
その申し訳なさそうな顔に西園寺はため息をつきながら、
「ああ、構わない。」
「ありがとうございます。」
パアーと明るい笑顔になる和希。
嬉しそうに哲也の側に行くと、
「丹羽先輩、さっきの話なんですけどね。」
「うん?話てくれるのか?」
「はい。」
「そうか、そうか。やっぱり遠藤は可愛い後輩だぜ。」
嬉しそうに和希の髪の毛を撫でるると、和希は見たこともない綺麗な笑顔を哲也に向ける。
「明後日郁先輩の家のお茶会に誘われたんです。」
「へぇ〜、郁ちゃん家のお茶会か。いいな。なぁ郁ちゃん、俺も行っていいか?」
「断る。お前が来ると騒がしくて落ち着いてお茶が飲めない。」
「西園寺。俺が責任を持って丹羽を大人しくさせるからいいだろう?」
「中嶋。まさか貴様も来る気か?」
「いけないか?西園寺家とは長い付き合いがあるはずだがな。」
「確かに、中嶋家とは付き合いはある。お前だけなら構わないが丹羽が一緒となると話が違ってくるが。」
「ひでーよ、郁ちゃん。俺だけ仲間外れかよ。」
「ああ、煩い。鬱陶しい男だな、貴様は。」
やり取りを見ていた和希が西園寺の服の端をつんつんと引っ張る。
それに気付く西園寺。
そこには、今にも泣き出しそうな顔をした和希がいた。
「ごめんなさい。俺が言いたいって言ったばかりに郁先輩に不愉快な思いをさせてしまって。でも俺、皆で一緒にお茶をするのも楽しいかなって本当に思ったんです。」
「謝る事はない。和希が大勢でお茶会をしたいと言うならそうしよう。だからそんな顔はするな。」
「郁先輩…」
「いいな?」
「はい…」
西園寺は哲也に向って、
「丹羽、和希がどうしてもお前も一緒がいいと言うから特別に招待してやる。」
「本当か?郁ちゃん?」
「ああ。」
「遠藤、ありがとな、お前のお蔭で、憧れの郁ちゃんの家に遊びに行けるぜ。」
嬉しそうに言う哲也に和希は苦しい胸の内を隠して笑って頷いた。
「良かったですね、丹羽先輩。」
「おや、鈴菱君に和希君。教室移動ですか?」
廊下を歩いていた和希と豊は七条に声を掛けられた。
「ええ、七条さん。次は音楽の授業なんです。」
「そうなんですか。」
七条の問いに答えたのは豊だった。
その隣にいる和希は穏やかに微笑んでいる。
和希は豊と一緒の時は、極力目立たないようにしている。
言い方を変えれば、控えめにしているとでもいうのだろうか。
そんな和希に七条は話かける。
「和希君、この間の郁の家のお茶会は楽しかったですか?」
「はい。凄く楽しかったです。豊さんも楽しかったですよね?」
「ああ。さすが西園寺家のお茶会だったな。プライベートのせいか、落ち着いたふいんきでとても良かったですよ、七条さん。」
「鈴菱君にそう言ってもらってきっと郁も喜びますよ。」
「本当の事ですから。西園寺さんには俺から後日お礼を言いに伺いますと伝えてもらえますか?」
「はい。確かに承りました。」
七条は微笑みながら答えた。
西園寺家は華族の中ではかなり上の方だ。
鈴菱よりも上なので豊も気を使ってものを言っている。
もちろん七条は華族ではないのだが、西園寺家の後継者である西園寺郁の幼馴染みとして西園寺とかなり親しいので豊は七条にも西園寺同様に気を使っていた。
「そうそう。和希君。お昼休みに生徒会室に来ていただけませんか?生徒会の仕事の事で少し話があるんです。お弁当を持って生徒会室に来ていただけると助かるのですが。」
「はい。解りました。」
「鈴菱君、悪いですね。いつも和希君と一緒にお昼を取っているんですよね。でも急ぎの生徒会の仕事なもので勘弁してもらえませんか?」
「そんな…俺は別に大丈夫ですよ?和希、生徒会の仕事、しっかりやってこいよ。西園寺さん達に迷惑を掛けるなよ?」、
「はい、豊さん。」
少し困ったふうに和希は答えた。
「それでは、和希君。お昼休みに生徒会室で待ってますね。」
七条と別れて音楽室に向いながら、和希は豊に聞いた。
「豊さん、ごめんなさい。お昼ご一緒できなくて。」
「別にいいさ。仕方ないだろう?生徒会の仕事なんだからさ。それよりも生徒会も忙しいんだな。昼休みまで仕事なんてさ。」
「そうですね。でも、多分この間の体育祭のまとめだと思うんです。」
「体育祭か。俺は行けなかったが面白かったんだろう。和希、体育祭の日嬉しそうに帰ってきたもんな。」
「中学と違って個性豊な競技が多かったですからね。学年対抗の仮装が特に面白かったんですよ。」
その時の事を思い出して和希はクスクスと笑う。
豊は少し面白くない気分になる。
自分の知らない和希の時間。
鈴菱の後継者として忙しい豊は出席日数に足りる程度にしか学校には来れない。
和希もそれなりに忙しい日々を送ってはいるが、豊程忙しくはないのでそれほど学校を休む事はなかった。
中学の頃はそれでもまだ和希といられる時間が取れた豊だったが、さすがに高校ともなるとそうもいかない。
豊としては、できるだけ和希といたいので、折角の時間を邪魔されたくはないというのが本音だった。
でも、今回は七条から声が掛かっているので駄目だとは言えない。
これが哲也からの誘いだったら同じ生徒会の仕事でも止めさせたと思う。
「豊さん?どうかしたんですか?」
心配そうに豊を見詰める和希。
豊はハッとして、それから笑って言った。
「何でもない。それよりも今日は一緒に帰れるのか?」
「はい。生徒会の仕事はお昼に済ませてもらいますので。俺は放課後は残りませんよ。でも豊さん、どうしたんですか?豊さんが登校した日はいつも一緒に帰ってるじゃないですか?今日に限ってそんな事を聞くなんて変ですよ?」
「そうだったな。悪い。気にしないでくれ。」
「?…はい…」
変な豊さんだなと和希は思ったがそれ以上は深い考えなかった。
“コンコン”
「失礼します。遠藤です。」
そう言って生徒会室のドアをノックして和希は中に入った。
中に入ると哲也が机に向って1人で仕事をしていた。
「おっ、遠藤じゃねえか?どうしたんだ?昼休みに生徒会室に来て。」
「えっ…?あの…今日は集まりがあるって七条さんから聞いてきたんですが。」
「集まり?俺は聞いてないぜ、そんな事。」
「えっ?」
「七条の奴がそう言ったのか?」
「あっ、はい。」
「ふ〜ん。あいつの事だ。遠藤に生徒会の仕事だとかいって一緒に昼を食いたかったんじゃねえか?」
「そうなんですか?」
「たぶんな。遠藤は七条に可愛がられてるからな。」
「…そんな事…ないですよ…」
寂しそうに和希は答える。
丹羽先輩の側にいるのに、距離を感じてしまう。
それはこの間の郁先輩の家のお茶会でもそうだった。
丹羽先輩は郁先輩ばかりを見ていた。
自分を見てくれない丹羽先輩。
それでもいいと最初は和希も思っていた。
けれども、最近はそれが辛く感じてきていた。
確かに丹羽先輩は自分に優しくしてくれる。
けれども、それは後輩としてだ。
自分の想いとは違う。
疲れてきてしまったのかもしれない…和希はそう思っていた。
想っても報われない想い…
それは遠い昔を思い出させる。
父…久我沼に愛されたくて一生懸命努力した日々。
でも、それは報われなかった。
父に嫌われたまま、客を取らされたあの日が思い出される。
鳥肌が立つ思い出。
もう、あんな思いはしたくない。
もちろん、丹羽先輩は父とは違うから、あんな事はないだろう。
でも…
その時和希は初めて気が付いた。
自分が汚れている事に。
綺麗な身体をしてない自分が真っ直ぐな丹羽先輩の側になんていてはいけないのだと。
もう丹羽先輩を想っちゃいけない…そう思った途端和希の目の前は真っ暗になり、意識を手放してしまった。
倒れる瞬間聞こえた声はもう想いを寄せてはいけない哲也の声だった。
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