未来への扉12

床に倒れ込む瞬間に哲也が和希を抱きかかえた。
真っ青な顔をして意識のない和希の姿に哲也は焦る。
「おい、遠藤。大丈夫か?」
哲也がそう語りかけた時、生徒会室のドアがノックされ、七条が中に入って来た。
中に入って来た七条の目に飛び込んだのは、床に片膝をつき、その腕には気を失っている和希を抱きかかえている哲也の姿だった。
しかも、和希の顔色はもの凄く悪い。
七条は慌てて和希の側に行くと、哲也を睨みつけて言った。
「何なさってるんですか?丹羽生徒会長。」
「何って…遠藤が突然に気を失ったんで支えた所だ。」
「突然に?丹羽生徒会長、貴方は和希君に何をしたんですか?」
「何もしてねえよ。」
「そんな訳ないでしょう!」
七条が怒鳴る。
めったに感情を表に表さない七条の怒鳴り声に、哲也は驚く。
「七条?お前何熱くなってるんだ?」
「何を冷静に言ってるんですか?いったい誰のせいで和希君がこうなったか解ってるんですか?」
「解る訳ないだろう?話の途中でいきなり遠藤が倒れたんだから。」


七条は苛立ちを隠せなかった。
なぜ、気が付かないのだろう?
和希君の思いを。
あんなに身体全体で丹羽生徒会長が好きだと言っているのに、その気持ちに気付かないなんてあまりにも鈍感過ぎる。
今回の事だってきっとかなりショックな事を言われたんだろう。
だから気を失ったんだ。
ここまでくれば、もう鈍いだけでは済まされない。
このまま和希君を丹羽生徒会長の側に置いておいたら、きっと取り返しのつかない事態になるのは目に見えている。
今までは黙って見ていたが、こうなった以上もう言わない訳にはいかない。
七条は決心する。


「丹羽生徒会長。和希君から手を離して下さい。和希君を保健室に連れて行きます。」
「それなら俺が…」
そう言い掛けた哲也に七条は冷たく言った。
「止めて下さい。これ以上和希君の側にいないで下さい。」
「七条?」
何を言われているのか理解できない哲也だった。
「七条、お前さっきから何が言いたいんだ?はっきり言ってくれ。」
七条はため息を付くと、
「丹羽生徒会長、貴方にはもう和希君には近寄ってもらいたくないんです。」
「何でだ?そんな事七条に言われる事じゃないだろう?」
「貴方は…貴方は和希君の想いには答えられないでしょう?」
「遠藤の思い?」
「ほら、解らないじゃないですか?丹羽生徒会長、その態度がどれ程深く和希君を傷つけたか解ってるんですか?」
「深く傷付いた?それってどういう意味だ?」
七条は呆れていた。
ここまで言って解らないのかと。
このままでは埒があかない。
和希君には申し訳ないが本当の事を話して丹羽生徒会長にはもう近づかないでもらおう…
そう七条は思った。


「丹羽生徒会長、和希君は貴方が好きなんです。」
「俺だって遠藤の事は好きだぜ?」
話をよく飲み込めていない哲也は明るい笑顔で答えた。
「違います。丹羽生徒会長と和希君の好きは意味が違うんです。丹羽生徒会長の好きは後輩として和希君を好きだって事でしょう?」
「ああ、そうだ。」
「でも和希君の好きは違うんですよ。恋愛の好きなんですよ。」
哲也は驚く。
「恋愛の好き?だって俺も遠藤も男だぜ?」
「だからなんですか?人を好きになるのに性別など関係ありません。」
「で…でもよう…」
「フッ…丹羽生徒会長には同性愛なんて無理ですよ。ですからこれ以上貴方か和希君の側にいると和希君が傷付くんです。お解り頂けましたか?」
「…」
哲也は黙ってしまった。
たった今言われた事に頭がついていけない状態だった。
そんな哲也の腕から七条は和希を自分の腕に抱きかかえながら言った。
「もう、和希君の側には近寄らないで下さいね。」
それだけ言うと和希を保健室に連れて行く為に七条は生徒会室を出て行った。


後に1人残った哲也は先程の七条との会話を思い出していた。
『和希君は貴方が好きなんです。』
考えた事もなかった。
気が付くといつも側にいて人懐こい笑顔で笑っていた。
『丹羽先輩』
いつもそう呼んでくれていた。
側にいるのが、当たり前のようなそんな存在だった。
まさか俺に恋してるなんて考えた事もなかった。
俺はこれからどうすればいいんだ?
哲也は床に落ちていた和希のお弁当箱を見ながら呆然をしていた。


和希の残していったお弁当箱をじっと見詰めていた哲也に中嶋が話し掛けてきた。
「随分と七条に言いたい放題言わせていたな、哲っちゃん。」
「ヒデ…」
「フン、なんて顔をしているんだ?」
「だってよう…俺考えた事もなかったぜ。遠藤が俺に恋してるだなんて。」
「だからお前は馬鹿だと言われるんだ。何故今まで気が付かなかった?」
「えっ…?気が付かなかったって…まさかヒデも知っていたのか?」
驚く哲也に呆れ顔で答える中嶋。
「まったく…鈍いとは思ったがここまで鈍いとはな。呆れてものも言えないな。」
「いつからなんだ?」
「まったく。本当に気付かなかったとは遠藤も気の毒だな。」
「ヒデ、茶化してないで教えろよ。」
「それが人にものを頼む態度か?」
「うっ…お願いします。」
中嶋は満足そうに微笑むと、
「おれが気付いたのは遠藤が転校してきた日だ。」
「遠藤が転校してきた日?それって3年も前の話じゃないか。」
「そうだな。」
「そうだなって。あいつはそんなに長い間俺を想っていたのか?」
「そうだろうな。遠藤はお前しかみていなかったからな。」
「そんな…」


3年前…
事故にあったという和希がそのショックから心を閉ざしてしまっているので何とか心を開かせて欲しいと父親に頼まれた哲也が始めて病院で和希を見た時、その可憐な姿に思わず何も言えなかった。
確かに目は開いてはいるものの、その瞳には何も映してはいなかった。
その時、哲也は思った。
和希の笑顔を見てみたいと…
きっと魅力的なんだろうとその時思った。
意識はしていなかったがあの時から哲也の心の中には和希がすみついていた。
そして、意識が戻った和希は哲也を慕い、哲也もまたそれを当たり前のように受け止めていた。
恋愛については鈍い哲也だった。
まして同性愛など、理解できる筈がなかった。
だから初めて和希に会った日に自分が和希に一目惚れしただなんて気付きもしなかった。


「俺は3年前に言った筈だぞ。遠藤には関わるなと。」
「確かに“遠藤には深入りするな。大火傷をするぞ”と言っていたな。それってこの事だったのか?」
「それだけじゃない。とにかく遠藤は背負っているものが多い。丹羽、お前には遠藤を支えてやる事は不可能だ。さっさと遠藤の事は忘れろ。」
「忘れろって言われてもなあ。まだ何も始まってないんだぞ?」
無意識に言っている哲也だが、その言葉の意味についてはおそらく理解してないのだろう。
“始まってない”と言いながら、これから始めようとしている事に気付いていないのである。
ここでしっかりと釘を刺しておかないと拙いと中嶋は判断した。
「丹羽。お前には生徒会長をしてやるべき事がたくさんあるだろう?遠藤の事は自分を慕ってくれた後輩だと思ってさっきの事はもう忘れろ。その方が遠藤も生徒会役員としてこれからもやっていきやすいだろう。先輩としてそれくらい気を利かせてやってもいいだろう?」
「ヒデ、でも俺は…」
「さっきの七条の言葉を忘れろと言っているんだ。解ったな、哲っちゃん。」
何も言わせない迫力で中嶋はそう言い放った。
中嶋がこういった態度に出たら大人しく従うのが無難だ。
哲也はため息を付くと、
「解った。」
ただ一言だけ言った。
中嶋はニヤリと笑うと床に落ちていた和希の弁当箱を拾い上げると、
「さてと…これを渡しに1年の教室にでも行くか。鈴菱がいるだろうからな。」
嬉しそうにそう言うと、中嶋は生徒会室を出て行った。


1人残った哲也は、考え始めていた。
このまま、先輩後輩として付き合っていく方がいいのだろうか?
確かにそうかもしれない。
俺と遠藤は男同士だ。
男同士で愛し合うなんて普通じゃないだろう。
確か遊郭には男同士でやる所もあると聞いた事がある。
でも普通は女だろう?
第一俺の好みは小柄で可愛くて胸が豊な女性だったはずだ。
可愛いって所は遠藤にも当てはまるかもしれないが…
哲也はガシガシと頭を掻いた。
どう考えたって俺には男同士なんて考えられないな。
うん。
やっぱりここはヒデの言う通り、先輩後輩でいよう。
別に遠藤から告白されたわけじゃないのだから今までのように振舞えば何の問題もないはずだ。
七条が言った事は忘れよう。
それがいいんだ、きっとそれが…
哲也は自分にそう言い聞かせていた。


哲也が和希の事を後輩として接しようと決めたその時、生徒会室のドアが開き豊が入ってきた。
「哲也、お前和希に何したんだ?」
もの凄い剣幕で言ってくる豊に哲也は驚く。
「豊?どうしたんだよ、そんなにいきり立って。」
「何冷静になってるんだ?和希が倒れたって英明から聞いたぞ。」
「ああ、その事か。」
哲也はため息を付きながら答えた。


何だって皆こう騒ぐんだ?
七条にしたって、ヒデにしたって遠藤の事になるとなぜむきになるんだろう?
それにまさか豊までとは思わなかった。
そんな哲也に豊は痺れを切らして、
「哲也、和希に何をしたんだ?倒れるなんて普通じゃありえない事だろう?」
「その事は俺が1番聞きてえよ。話の途中で急に倒れたんだから。」
「話の途中で?」
「ああ、確か今日は生徒会の集まりは昼にはないのに七条に呼び出されたから、遠藤は七条に可愛がられているんだなって話をしていたんだ。」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ。」
「じゃあ、何で倒れるんだ?」
「そんなの俺の方が知りてえよ。」
髪の毛をガシガシ掻きながら丹羽は言う。


豊は暫く考えていたが、
「なあ、哲也。よく考えてくれ。本当にそれだけしか話さなかったのか?」
「間違いない。」
自信を持って答える丹羽に豊は、
「でも、和希が哲也と話ている間に倒れたのは事実だ。もう和希には近寄らないでくれ。」
「えっ…?」
「和希はああ見えても結構苦労しているんだ。母親を5年前に亡くし、父親も去年亡くしたんだ。まだ15歳なのに和希は遠藤家の当主なんだ。本来なら父親が亡くなった時点で遠藤家に戻らないといけないのに、和希はここに残る事にしたんだ。いずれは遠藤家に帰らなくてはならないんだろうけど、できるだけこっちにいて鈴菱家のやくに立ちたいと言ってくれたんだ。学校だけだって忙しいのに家では俺と一緒に経済学の勉強だってしている。その上鈴菱の子会社で仕事だってこなしてるんだ。月に2度月命日には両親の墓参りも欠かさない。手だって見た目は普通だけれどもろくに物も持てないんだ。それでも…和希はいつも笑って言うんだ。“大丈夫だよ”って。そんな和希に哲也お前は何をしたんだ?」
「何をって…。さっきから言ってるだろう?何もしてないって。」
「それは哲也が気が付かないだけだ!」
豊は怒鳴った。
「和希は俺が守る。もう生徒会役員も辞めさせる。だから哲也は2度と和希に近づくな。いいな。」
それだけ言うと豊は生徒会室から出て行った。


後に残った哲也は何も言えなかった。
いつも笑っていた和希。
苦労なんて無縁な顔をしていた。
でも…本当は違ってたんだ。
両親の事だって何も話してくれなかった。
左手だって『もう大丈夫なんですよ。』と笑って動かして見せてくれた。
仕事の事や勉強の事は少しは話てくれてたから知っていた。
「どうしてなんだ?どうして俺には何も話してくれないんだ?」
哲也はボソッと言った。
ショックだった。
俺には何でも話してくれてると思っていた。
なのに…
「俺は信用されてねえのかよ!」
怒りをぶつけるように右手の拳を机に叩きつける。


その時の哲也は自分でも気付いていなかった。
さっきまで自分と遠藤の関係は先輩後輩でいいと思っていた事に。
無意識のうちに育っていた和希への想いが恋だって事に。
和希と会えなくなるという出来事が哲也の奥底に仕舞いこまれていた想いに気付く事になるなんて。
哲也が本当の自分の気持ちに気付き、和希を恋人として受け入れるのはもうすぐの出来事だった。


和希が目を覚ますと、そこには心配そうな顔をした七条と豊がいた。
「ああ、和希君。やっと目を覚ましましたね。」
「和希、大丈夫か?もう心配したんだからな。」
「臣先輩、豊さん…ここは?…俺どうして?」
そこまで言った和希は先程の出来事を思い出してハッとした。
顔色が変わった和希の様子にすぐに気付いたのは七条だった。


七条は優しく微笑みながら、
「申し訳ありませんでした、和希君。僕がお昼に生徒会室に貴方をお誘いしなければこんな事にはならなかったんです。嫌な思いをさせてしまって本当に申し訳ありません。」
頭を下げる七条に和希は慌てて止めに入る。
「何言ってるんですか、臣先輩。臣先輩は何にも悪くないんですから頭を上げて下さい。」
「しかし…」
「しかしじゃありません。臣先輩は本当に何も悪くないんです。倒れたのは俺がいけないのであって臣先輩のせいではありません。」
「和希君…」
顔を上げた七条に和希は微笑む。
「ねっ。俺はもう何ともないんですから気にしないで下さいね?」
「そうですよ、七条さん。和希が倒れたのは哲也が悪いんであって七条さんのせいではありませんから。」
黙って成り行きを見ていた豊が口を開いた。
「鈴菱君にもそう言ってもらえてホッとしました。でも…生徒会長がいるとも知らずに和希君を先に生徒会室に行かせてしまったのは僕のミスです。鈴菱君、貴方にもご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした。」
再び頭を下げた七条に豊は手を差し伸べる。
「英明から聞きました。貴方が和希を保健室まで運んでくれた事を。感謝してます。本当にありがとうございました。」
今度は豊が頭を下げた。


黙って見ていた和希はいたたまれない気持ちだった。
それと同時に暖かい気持ちになっていた。
豊は本当の自分…久我沼和希という事…を知らない。
けれども、3年間一緒に暮らしてきて、家族という絆が生まれてきていた。
七条も昔の自分を知っていても、和希の本当の父親が犯罪者だと知っていても態度を変えずに接してくれている。

嘘で塗り固められた和希を2人は心から大切にしてくれている。
いや、豊と七条だけじゃない。
西園寺に中嶋、そして丹羽だって和希の事を大切にしてくれている。
そんな人達に和希ができる事は、できるだけ心配をかけない事だ。
丹羽先輩が郁先輩を好きならそれでいい。
俺がしなくてはならない事は丹羽先輩の恋人になる事じゃない。
俺をこんなにも大切にしてくれる人達に心配をかけずに生きていく事だ。
和希はそう思っった。


「臣先輩、豊さん、ご心配をお掛けしてごめんなさい。悪いのは丹羽先輩じゃないんです。」
「和希、哲也なんて庇う必要なんてないんだぜ?」
「そうですよ、和希君。いくら生徒会長に迷惑をかけた事があると言っても、無理する必要はありません。」
和希は困った顔で言った。
「違うんです。俺が本当に倒れた理由は昨夜本を読んでいて殆ど寝てなかったからなんです。」
明らかに嘘だと解る言い訳。
でも、今はその言い訳を信じてあげるのが和希への思いだと2人は考えていた。
「そうなのか?和希。」
「はい。」
「そういえば、和希君は昔から本が好きでしたね。郁の家に行くと楽しそうに本を読んでいましたからね。」
「はい。」
「なら、今度から気をつけろよ。」
「はい、豊さん。」
微笑んで答える和希に部屋の空気が和んできていた。
が…そのふいんきを壊すかのようにドアが開き、その声が保健室に響きわたった。
「遠藤、大丈夫か!!」
それは今和希が1番会いたくない丹羽の声だった。


「遠藤、大丈夫か?」
そう叫んで保健室に入って来た哲也。
哲也の声を聞いた途端に和希の身体はビクッと震えたのを七条は見逃さなかった。
哲也から和希が見えないように和希の前に七条は立つと徐に口を開く。
「おや?丹羽生徒会長、こんな所に何の御用ですか?」
哲也を威嚇するように言う七条に哲也は、
「七条、俺は遠藤の様子を見に来たんだ。遠藤に会わせてくれ。」
「それは無理な話です。和希君にはもう会わないで下さいと先程僕は言いませんでしたか?」
「それはさっき聞いた。でも、俺は…遠藤と話がしたいんだ。」
「ですが、和希君はまだ体調が悪いんです。失礼を承知で申し上げます。今日のところはお引取り下さい。」
七条にそう言われ、哲也は一瞬戸惑った。
先程七条に言われた事が思いだされたのだ。


『これ以上和希君の側にいないで下さい。』
『和希君は貴方が好きなんです。』
和希の哲也への想いを七条から聞かされた哲也は、確かにあの時は戸惑ってしまった。
けれども、七条、中嶋、豊に言われ自分の想いにも気付いてしまった哲也だった。
今はまだ、恋愛とは言えないかもしれない。
けれども、その想いは先輩後輩という思いよりも重たいものだった。
何よりも、哲也は和希に側にいて欲しいと望んでいた。
そして、和希を守ってやりたいと望んでいた。
だから、ここで引くわけにはいかなかった。

「もう一度だけ言う。遠藤と話をさせてくれ。」
「いい加減にしろよ、哲也。」
苛立ったように豊が哲也に話しかけた。
「豊…」
「俺もさっき言ったよな。もう和希に近づくなって。」
「ああ。」
「なら、さっさと帰ってくれ。和希はまだ調子が悪いんだ。」
「でも、俺は…」
「哲也、いい加減にしてくれないか?和希が嫌がってるだろう。」


豊のその一言に哲也はカチンときた。
何なんだ?さっきから皆して。
俺が何をしたって言うんだ?
ただ、遠藤の想いに気付かなかっただけじゃないか。
それなのに皆して俺だけが悪いように言うんじゃねえ。
第一それを言うなら好きなのに黙っていた遠藤はまったく悪くないのか?
確かに好意を寄せられていたのにその気持ちにまったく気付かなかったのは悪かったと思っている。
だからってその仕打ちがこれか?


哲也はズイッと一歩前に出ると、
「とにかく、俺は遠藤と話がしたいんだ。2人ともそこを退いてくれ!」
そう言った哲也の耳に信じられない一言が飛び込んできた。
「丹羽先輩、ごめんなさい。具合が悪いので今日は帰ってもらえませんか?」
「えっ?」
「和希?」
「どうしたんですか?」
3人とも驚いて和希をみつめた。
和希は俯いたまま、布団を手でギュッと握り締めていた。
「遠藤?それってどういう意味だ?まさかお前までもが七条や豊みたいに俺に会いたくないなんて言うのか?」
「違います。そうじゃありませんけど…今は体調が悪いので1人がいいんです。お願いですから今日はもう…」
哲也を見ないで言う和希を切ない目で哲也は見ていた。
心が苦しかった。


「解った。今日の所はもう帰る。だが、遠藤話があるから体調がよくなったら聞いてくれよな。」
「…」
何も答えない和希の代わりに豊は、
「哲也、和希は本当に具合が悪いんだ。」
「ああ、そのようだな。今日はもう帰るが、明日また会いに行くからな。」
「丹羽生徒会長、しつこいのは良くありませんよ?」
哲也は頭をガシガシ掻きながら和希に向って、
「それじゃ、遠藤、お大事にな。」
そう言うと保健室から出て行った。 


静かになった保健室で和希は七条と豊に微笑んで言った。
「ありがとうございました。臣先輩、豊さん。」
顔は微笑んでいるのに、その瞳は悲しみにくれている。
そんな和希を見て七条も豊ともこれでよかったのだろうかと思っていたが、少なくとも今の和希は哲也に会いたくないと言った。
正直そんな言葉が出てくるとは思ってなかったが、和希が何を考えているにせよ、それは結果としては良かった事だった。
ただ、七条も豊も和希が哲也を避けた本当の理由など知る由もなかった。



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