未来への扉14

和希が哲也と付き合い始めて1ヶ月が過ぎようとしていた。
最初は誰もが反対したが、和希の幸せそうな顔を見ていると誰も何も言えなくなっていた。
見た事もない幸せそうな笑顔をして哲也を見る和希に皆渋々と諦めたのだった。
それでも、納得はできないと皆思っている。
特に1番最初にその事を打ち明けられた豊の反対は凄いものだった。


「和希、お前何考えているんだ?哲也と付き合うだなんて。」
「ごめんなさい、豊さん。世間に顔向けできませんよね…」
「そんな事を言ってるんじゃない。世間がどう見ようが俺には関係ない!和希が幸せになるならそれでいいんだ!だけど、哲也には和希は幸せになんてできない!」
「豊さん…」
「だろう?よく考えてみろよ、和希。俺は男同士だからっていって偏見をもたない。だけど、哲也は反対だ。」
悲しそうな顔をして和希は言う。
「どうしてですか?丹羽先輩はいい人です。」
「ああ、確かに哲也はいい奴だ。」
「ならどうして?」
「哲也は、細かい所に気が利かない。大雑把だ。それは哲也の長所でもあり短所でもあるんだ。」
「確かにそうですけど…でも…俺はそんな丹羽先輩が好きなんです。」
「和希…」


豊は困った顔をする。
みすみす大切な和希を傷つけさせる訳にはいかないからだ。
だからなんとしても認めるわけにはいかなかった。
哲也によって傷付き、悲しむ和希なんて、豊は見たくもなかった。
しかし、和希の決意は強いものだった。
和希は豊を見詰めて言った。
「豊さん、俺を心配して色々言ってくれるのはとても嬉しいです。でも、もしも丹羽先輩と付き合って仮にこの先不幸が襲ってきても俺は構いません。」
「和希?」
「俺は今の自分の気持ちを大事にしたいんです。俺が初めて自分で決めた事なんです。豊さん、お願いです。」
和希は深々と豊に頭を下げた。
驚く豊。
「誰に何を言われても構わないと思ってます。けれど、豊さんにだけは解ってもらいたいんです。俺にとって豊さんはとても大切な人だから。」
「和希…」
「俺がこの家に引き取られてから、いつも俺を励まして支えてくれた豊さんだから…豊さんだけには反対されたくないんです。」
「和希…解ったからもう頭を上げてくれ。」
豊は和希にそう言った。
和希が顔を上げるとそこには呆れた顔をした豊がいた。
豊はため息を付くと、
「和希にそこまで言われたら仕方ないな。解った。全面的じゃないが認めてやるよ。ただし条件がある。」
「条件?」
「ああ、俺が見て和希が不幸なら哲也と別れてもらう。それでいいか?」
「はい、豊さん。ありがとうございます。」


嬉しそうに笑う和希の顔を見て、豊はドキッとした。
今まで見た事もない幸せそうな顔をした和希。
そんな笑顔を和希から引き出したのが哲也だったら、この付き合いは和希にとって実りある物の筈だ。
豊だって解っていた。
和希はいつも笑っていたが、その笑顔が本物でない事ぐらい。
でも、それでも暗い顔をしてないだけいいと思っていた。
けして幸せと言える環境に育ってない和希。
その和希が哲也と付き合う事で本当の笑顔を持つ事ができるなら、反対する訳はない。
けれど…
豊は幸せそうに微笑む和希を見て思った。
その笑顔を引き出したのが、俺であったらどんなに良かっただろうにと…
今まで意識していなかった和希への想いがチラッと顔を出したが、豊はすぐにその想いを閉じ込めた。
和希が豊をとても大切な人と言ってくれたから。
その言葉だけで豊は幸せを感じるのであった。


夏休みが終わり、ベルリバティ高校は学園祭の準備で慌しくなっていた。
当然、生徒会は忙しく毎日遅くまで残って仕事をしていた。
和希もできるだけ残って手伝いたかったが、鈴菱の方の仕事や豊との勉強などで忙しく思うように時間が取れない生活を送っていた。
だが、今日は偶々丸1日自由になり、哲也の傍で嬉しそうに仕事を手伝っている和希の姿が生徒会室に見られた。


「丹羽、今日は随分とまめに仕事をするじゃないか。」
「本当ですね。毎日丹羽生徒会長がこの調子なら、僕らもとても助かるんですがね。」
「それは無理な話だな、臣。今日は和希がいるから丹羽が真面目に働いているだけだ。和希がいない日はいつも通りろくに働かないだろうな。」
黙って聞いていた哲也は、
「おい、中嶋に、七条、郁ちゃん。今のはちょっと酷くないか?」
「何が酷いんだ?遠藤が来ているからこれ見よがしに一生懸命仕事をするお前が悪いんじゃないか?そうだろう?哲っちゃん。」
「う…」
「中嶋さんの言う通りですよ。和希君の前でいい格好を見せたい気持ちは察しますが、付け焼刃ではしょうがないと思いますが。」
「七条…お前まで言うのかよ…」
「仕方ないだろう?普段の丹羽の行動がいけないのだから。和希の前で皆に良い様に言われたかったら、普段の行動をもっと考えるんだな。」
「…」


3人に言われ、うなだれる哲也。
普段サボってばかりいるのは事実だから仕方ないとは思うが、恋人の和希の前ではいい顔をしたいと思っている哲也だった。
しかし、哲也のサボり癖なと解っている和希は哲也の傍でクスクスと笑っているだけだった。
「遠藤、笑うなよ。」
「えっ…だって…」
笑うのを止めない和希を哲也は軽く睨む。
和希はそれが可笑しくてさらに笑う。
拗ねていた顔をしていた哲也も和希の笑い顔を見てると怒っているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「ほら、いつまでも笑ってないで仕事をやるぞ、遠藤。」
「はい、丹羽先輩。」
ふわりと笑う和希の笑顔に周りの生徒会役員も癒される。
哲也との付き合いには皆反対したが、和希が心から笑っているので今では何も言わず黙って見守っていた。


「あ〜あ、随分と遅くなっちまったな。」
哲也は時計を見ながら言った。
今、ここ生徒会室に残っているのは哲也と和希だけだった。
他の役員は遅くなったので皆帰らしたからだ。
本来なら和希も帰す所だったが、どうしても哲也と最後までやりたいと粘ったので哲也は仕方なく残して一緒に仕事をしていたのだった。
「大丈夫か?こんなに遅くまで残っていて。」
「はい。さっき電話をしましたから大丈夫です。それよりも丹羽先輩こそお疲れ様です。」
「俺は大丈夫だ。遠藤こそ疲れてないか?」
「俺は大丈夫です。」
「手は?辛くないか?」
「えっ…」
哲也は和希の左手をそっと触る。


あの時のせいで、無理をすると左手がかなり痛む事を哲也は豊から教えてもらっていた。
和希と付き合う事について哲也は豊から幾つか注意する事を聞かされていた。
和希は自分がどんなに辛くても、滅多に弱音を吐かない。
だから、無理がたたる事がしばしばある。
それを回避させる為に豊は嫌々だが哲也に和希の事を幾つか話していた。
そのうちの1つが左手の事だった。
和希は驚いた顔をしたが、すぐに気付いたようで、
「丹羽先輩、それ豊さんから聞きました?」
「そうだ。」
「まったく豊さんは。余計な事を言うんだから。」
「余計な事じゃないだろう。遠藤が俺に何も言わないからじゃないか。」
「それは…丹羽先輩に心配をかけたくないからです。」


哲也は和希をギュッと抱き締める。
「ばかやろう。俺は遠藤の恋人なんだぞ。遠慮なんてするな。遠藤の全てを知りたいんだから、俺に隠し事はするな。」
「隠し事だなんて…」
哲也に抱き締められている和希の胸はチクリと痛む。
嘘で塗り固められた自分。
本当の事が言えたらどんなに楽だろう。
でも言えない。
犯罪者の息子で、汚れた過去を持つ自分の本当の姿を和希は言えなかった。
偽りの今の姿の自分だけれども、この姿なら丹羽先輩は俺を好きでいてくれるから。
和希は心の中でごめんなさいと謝っていた。


哲也に抱き締められ、哲也の背中に手をまわしている和希が愛しくてたまらない哲也は和希の髪にそっと口付けをする。
驚いた和希が顔を上げた瞬間、哲也は和希の唇を奪う。
初めて触れた和希の唇は柔らかくて哲也はドキドキした。
ただ触れているだけのキス。
それでも、それはとても甘い甘美なものだった。
どれくらいそうしてキスをしていたのだろうか?
スッと唇を離した哲也に和希は潤んだ瞳で見詰めていた。
もっと和希を感じていたい哲也だったが、これ以上帰りが遅くなると拙いと判断し、
「遠藤、もう帰ろう。あまり遅くなると、今後生徒会に出にくくなるだろう?」
「あっ…はい…」
真っ赤な顔をしたままの和希はそう頷くと帰り支度を始めた。


「わー、もう真っ暗ですね。」
外に出た和希は外の暗さに驚いていた。
「ああ、急いで帰らないとな。今日は車の迎えはどうした?」
「さっき、電話をしたんでもう直ぐ来ると思います。」
「そうか…それならそれまでここで俺も待ってるな。」
「えっ…でも…丹羽先輩の帰りが遅くなってしますよ。」
「構わねえよ。」
「なら一緒に車に乗って帰ってくれますか?丹羽先輩の家に寄ってから帰ります。そのお願いを聞いてもらえないなら、今すぐに帰って下さいね。」
「解ったよ。まったく、遠藤には参るな。」
哲也は和希の頭を優しく撫でた


その時だった。
「久しぶりだな、和希。」
その声を聞いて和希の身体はビクッと大きく震えた。
忘れたくても忘れないその声。
その声の人物に、和希は今一番会いたくなかった。
今の幸せを壊すその人物の方を和希は恐る恐る振り向いた。


和希は恐る恐る後ろを振り返る。
そこに立っている人物を見て和希は目を大きく開き、身体を振るわせた。
今、1番会いたくないその人物は和希のそんな様子を楽しそうに見ていた。
「久しぶりだな、和希。そうやって見ると華族に見えるから不思議だな。やはり血は争えないって事か。」
ククッと笑いながらその人物は言う。
彼の名は久我沼啓二。
今日、刑務所から出所したばかりだった。



「どうして…ここに…」
和希は震える声で久我沼に尋ねる。
久我沼は楽しそうに答えた。
「今日めでたく出所できたんでな。大切な和希に真っ先に会いに来たんだ。和希も俺に会いたかったろう?」
「…っ…俺は…」
和希は唇を噛む。
会いたいわけない。
自分を不幸にした人物になんて。
それがたとえ実の父親であってもだ。
そんな和希に久我沼は不気味な笑顔で、
「どうした?久しぶりの再会で口も聞けないのか?これからまた俺と一緒にいてくれるんだろう?」
和希の顔がみるみる真っ青になっていく。
3年掛かってやっと掴みかけた幸せ。
それを今目の前にいる久我沼によって壊されようとしている。


そんな和希の様子に今まで黙って見ていた哲也が動いた。
和希の腕を引っ張ると和希を自分の後ろに隠して、久我沼を睨み付けた。
「あんた、何者なんだ?遠藤に何の用があるんだ?」
「遠藤?」
「そうだ。」
「遠藤ねぇ…和希、お前遠藤家に養子に入ったのか?」
哲也の後ろにいた和希はビクッと震えた。
哲也に言ってない事実…それが今明かされようとしている。
哲也の後ろで震えた和希の本当のわけなど知らない哲也は、
「何を言ってるんだ?」
「フッ…貴様こそ何も知らないんだな。可哀想に。」
「なっ…」
怒りに震える哲也の腕を和希はギュッと握る。
哲也の腕を握る和希を安心させるかのように、哲也も和希の手をギュッと握り返した。


「丹羽先輩…お願い…その人には関わらないで…」
「遠藤?」
そんな和希と哲也を見ていた久我沼は和希の一言を聞き漏らさなかった。
「丹羽?貴様ひょっとしてあの丹羽警視総監の息子か?」
「そうだ。親父を知っているのか?」
「ああ…散々世話になったからな…そうか…貴様はあいつの息子か…」
不気味に微笑みながら久我沼は言った。
「丹羽警視総監には散々世話になったからな。その礼に貴様に面白い話をしてやろう。」
「面白い話?」
「ああ…今貴様が庇っている和希の事だ。」


和希は震える。
久我沼は言うと言ったら必ず言う筈だ。
やっと幸せになれると思ったのに…
いや、そもそも隠し事をして本当に幸せになれるわけがない。
これは罰だ。
丹羽先輩に本当の事も言わずに隠していた事に対しての俺に罰せられた罪だ。
和希は震えながら久我沼の言葉を待った。


「貴様が今庇っている和希は本当は遠藤和希なんかじゃない。本当の名は久我沼和希だ。」
「久我沼…和希…?」
「そうだ。俺の1人息子の久我沼和希だ。そして俺の名は久我沼啓二。貴様もあの丹羽警視総監の息子なら俺の名くらい知ってるだろう。」
「久我沼啓二?…まさか、あの久我沼啓二なのか?」
「ああ。」
嬉しそうに笑う久我沼。
「まさか…だってまだ刑務所にいるはずじゃないか…」
「今日、出所してきたんだよ。久しぶりの外の空気は本当にうまいよな。」


哲也の動揺が手に取るように解る和希だった。
知られてしまった事実。
嘘が嫌いな真っ直ぐな哲也はもう和希を庇ってはくれないだろう。
和希はそっと哲也の腕から手を離そうとするが、哲也は更に強く和希の手を握った。
そして確認するように久我沼を見詰めて言った。
「遠藤は本当にお前の息子なのか?」
「ああ、そうだ。」
「そうか…」
哲也は暫く考えこんでいたが、やがて強い口調で言った。
「それが事実だとしても、今の遠藤は遠藤和希だ。鈴菱家で立派に生活をして、ここベルリバティ高校の1年生で俺の大切な後輩だ。貴方には今の遠藤は関係ないはずだ。」


「丹羽先輩…」
事実を知れば嫌われると思っていた和希は唖然とした。
そんな和希に哲也は振り返って微笑む。
「大丈夫だ。確かにちょっとはショックだったが、俺は平気だ。」
「丹羽先輩…」
「子供は親を選べないんだ。こればっかりは仕方ねえだろう?でも、遠藤はそんな環境でも自分を見失なわないでちゃんと頑張ってきただろう?俺はそんな遠藤を3年間見てきたんだ。よく今まで1人で頑張ってきたな。」
「丹羽先輩…俺の事…嫌わないんですか?」
「ああ?何で嫌うんだ?俺はこんな事で遠藤を嫌いになんてならないぜ。」
「俺は…」
和希の目から涙が溢れる。
「俺は…本当の事を知られたらもう丹羽先輩が離れていってしまうと思っていた…」
そう言った和希の頭を哲也は優しく撫でる。
「馬鹿だな。そんな事あるわけないだろう?」


その時、笑い声が響いた。
驚いて振り向く和希と哲也。
久我沼は可笑しそうに笑っていた。
「和希、お前そいつをたぶらかしてるのか?」
「なっ…」
反応したのは哲也だった。
「何を言ってるのか解ってるのか?言って良い事と悪い事があるだろう。」
「知らないってのは幸せな事だな。なっ、丹羽警視総監の息子さんよう。」
「何言ってるんだ?」
「そいつはな、和希は身体を売ってお金を得て生活してたんだぜ。」
「いい加減な事を言うな!」
「いい加減かどうかはそこにいる和希に聞けばいいだろう?相変わらず男の心理を掴むのが上手い事だ。そうやって鈴菱でも身体を使って生きてきたんだろうな。淫乱な奴だ。」


久我沼の言葉に動揺する哲也。
和希の方を振り返り見詰める瞳は戸惑いの目だった。
「遠藤…嘘だよな…今の話…」
「…」
「遠藤!」
哲也は和希の腕を掴み、乱暴に揺らした。
それでも何も言わない和希。
哲也の目に絶望の闇が宿す。
「まさか…今の話…本当なのか…」
それでも何も答えない和希。
それは肯定を意味していた。


和希から離れる哲也。
そんな哲也を和希は見ようとはしなかった。
それが更に誤解を呼ぶ。
「解ったか?丹羽警視総監の息子さん。和希はそういう奴なんだよ。男をたぶらかすのは天才だからな。仕方ないんだよ。」
久我沼にそう言われ、哲也はその場からゆっくりと離れて行く。
そんな哲也を和希はジッっと見詰めていた。
知られてしまった過去。
身体を売っていたという事実。
男をたぶらかす才能があるかは解らないが、久我沼が言うのだからもしかしたらそうかもしれない。
哲也に知られてしまった今、和希にとって他の事はもうどうでもいい事だった。


「さてと…和希。これから鈴菱に帰るんだろう?俺も一緒に行ってやるよ。これでも俺は和希の父親だからな。」
ククッと笑いながら言う久我沼に和希は、
「父さんを鈴菱家に連れて行くわけには行かない。おじいさまやおじさま、おばさま、それに豊さんに迷惑が掛かる事は俺にはできない。」
「豊?ああ…鈴菱の跡とりか。和希、お前豊が憎くないのか?」
「豊さんが?どうして?豊さんはいい人です。鈴菱本家の跡取りなのにえばらないし、優しい人です。」
「ククッ…和希、お前は相変わらず人がいいな。」
「?」
「いい事を教えてやろう。」
「いい事?」
和希は怪訝そうな顔をする。
どんな話かは知らないが、久我沼の話だ。
ろくでもない話に決まってる。
和希はそう思っていた。


「豊の本当の親は俺と鈴華だ。」
「えっ…何言ってるんですか?」
「和希、お前の本当の両親は鈴菱だ。和希と豊が赤ん坊の頃、2人は病院ですり返られたんだよ。」
「…」
和希は何も言えなかった。
今、久我沼が言った事がよく理解できなかった。
そんな和希を久我沼は楽しそうに見詰める。
「俺は鈴菱に恨みがあってな。それでお前達を入れ替えたんだ。だが、この事は誰も知らない。俺と入れ替えた看護婦しか知らない事だ。」
「俺の…本当の両親は…鈴菱のおじさまとおばさま?」
「ああ、そうだ。鈴華も気の毒な女だったな。最後まで和希を自分の子として信じて疑わなかったのだからな。」
「鈴華お母様は僕の事を本当の子だと思っていたの?」
「ああ。微塵も疑わなかったろうな。あいつはそういう女だったからな。まあ、鈴菱と兄妹だったから和希とは血の繋がりはあったんだ。全く赤の他人を育てたわけじゃないんだからな。」
和希は何も言えなかった。


「さてと。和希、そろそろ鈴菱家に行くぞ。真実を話してやらんとな。」
「真実?」
「ああ。和希と豊の事だ。驚くだろうな。今まで我が子と信じて育ててきた子が俺の子なんだからな。鈴菱がどんな顔をするか見ものだな。」
楽しそうに言う久我沼に、
「言わせない!」
和希は言った。
「和希?」
「そんな事は言わせない。豊さんは鈴菱本家の跡取りだ。俺じゃない。」
今まで久我沼に口応えなどしなかった和希の初めての抵抗だった。
「父さんの思い通りになんてさせない。豊さんは俺が守る。鈴菱家もだ。」
「馬鹿か、貴様は。お前ごときに何ができると言うんだ。」
「何ができるかは解らない。でも…俺にだってできる事がきっとある。」
「無理だな。世の中を知らない和希に何ができると思ってるんだ。なめるなよ。」
「…」

和希は何も答えずにその場から走り出した。
このままここにいてはいけない気がした。
もうすぐ、きっと石塚が向かえに来る。
久我沼と一緒の所を見られるわけにはいかなかった。
そして…
もう鈴菱家には2度と帰れないと和希は思った。
きっと久我沼は全てを話すだろう。
自分がいては必ず豊さんの障害になる。
豊さんは鈴菱本家を継がなくてはならない人なんだから。
俺がそれを邪魔しちゃいけない。
だから、もう鈴菱家には帰らない。
和希はそう心の中で決めていた。
そして自分はこれからどこにいけばいいのか…
どうすればいいのか…
もう2度と会えない愛しい哲也を想いながら、和希は暗闇の中を走っていた。



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