未来への扉 4

鈴香が亡くなって2年の月日が流れた。
和希は12歳になり、中学1年生になっていた。
母のいない毎日の寂しさを学校や家事で紛らわせながら和希は生きていたが、久我沼は違っていた。
鈴香が亡くなって悲しむ様子もなく、あいからわずの生活を送っていた。
いや、以前とは違い毎日家には帰って来るようにはなったが、酔っぱらって1人で帰って来るか、女性を連れて帰って来るかのどちらかの毎日だった。


時計が12時を指した。
この時間になっても帰って来ないなら、今夜は飲んで帰って来るなあ…と欠伸をしながら和希は思った。
和希が久我沼より先に寝る事は許されないので、どんなに遅い時間でも和希は起きて久我沼を待っていた。
仏壇の母の写真を取って、和希は話し掛ける。
「お母様、俺自信がなくなっちゃたんだ。お父様は本当は俺の事嫌いじゃないかなって思ってしまうんだ。」
写真の母に触れる和希。
「前よりも暴力が酷くなってきたんだ。それに女の人を連れて来ると凄く機嫌はいいんだけども、1晩中騒がしくて眠れないんだ。」
寂しそうに写真の母に微笑む和希。
「お父様、もうお母様の事忘れちゃったのかな…」
ぽろっと和希の目から涙が零れる。
「皆…啓太や啓太のお父様、お母様、それにおじい様や迅先生は今まで以上に気を使って優しくしてくれるんだけど…本当はね、辛いんだ俺。」
溢れる涙を拭おうともせずに和希は言う。
「お母様、俺…もうお父様と一緒に暮らすのは辛いんだ。苦しいんだ。どうしたらいいと思う?どうしたらお父様は俺に優しくしてくれると思う?」
その時、玄関のドアが開く音がした。
和希は涙を拭うと急いで玄関に向かう。
遅れると久我沼の機嫌を損ねるからだ。
「お帰りなさい、お父様。」
和希は久我沼の鞄を受け取りながら言う。
何も言わずに家の中に入る久我沼。
息が酒臭かった。
今夜はこのまま何事もなく寝て欲しい…そう願う和希だったが、そんな僅かな願いさえも叶う事はなかった。
「水!」
寝室に入ると久我沼は言う。
「はい、直ぐに持ってきます。」
久我沼の鞄を部屋の入り口近くに置くと、急いで台所へ行きコップに水を入れるとお盆に乗せて持っていく。
「お父様お待たせしました。」
そう言って差し出された水を久我沼は黙って飲む。
飲み終わったコップを受け取った和希は、
「お父様、お休みなさい。」
そう言って部屋から出ようとした時、
「その服はどうしたんだ?」
久我沼の問いに和希はビクッとする。
久我沼から渡される毎月の生活費は僅かな金額だった。
電熱費を払い、残りの僅かな金額を食費にあてるが、1日3食食べられる金額はなかった。
学校に掛かる費用は月2回会う祖父鈴吉が渡すお小遣いで何とかやり繰りをしていた。
当然服など新調する余裕はない。
しかし、男手一つでは何かと気付かない事も多いだろうからと、月に1度鈴香の月命日に久我沼の家に来る松岡迅は、鈴吉から頼まれた和希の服や学用品を届けていた。
今夜和希は先月届けて貰った服きていたのである。
「これは…先月おじい様から頂いたんです。」
恐る恐る和希は言う。
久我沼は和希が鈴吉からものを貰うのを嫌がる事を知っているので、必要最低限の物しか受け取っていなかった。
「またか…」
そう言うと久我沼は和希の頬を叩く。
「お前は何度言えば解るんだ!鈴菱からは何も貰うなとあれ程言っておいただろう!」
そう言うと今度は身体を殴る。
「でも、お父様、これは…」
「口答えする気か!」
さらに殴る、蹴るが始まった。
和希はじっと耐えていた。
今ここで何かを言うと更に機嫌を損ね、酷い目に遭うのは解っていた。
だからじっとして、久我沼の気が済むまで殴られ蹴られれば、久我沼の久我沼のくが済むのだから…
久我沼が1人で帰って来る夜はいつもそうなのだから…
それが当たり前の日常…
そして、けしてしてはいけない事が3つある。
逆らわない、泣かない、視線を合わせない。
この2年で和希が学んだ事だった。


気が済んだ久我沼は部屋へ戻っていった。
和希は暫くボゥ〜として、その場を動こうとしなかった。
身体に残る沢山の痣。
その痣を隠す為に1年中長袖を着ている。
そして、成長期にも関わらず、満足に食べる事もできない。
痛みで眠れない夜、久我沼が女性を連れてきて騒がしくて眠れない夜。
精神的にも体力的にもぎりぎりの所でなんとか生きてきた。
心の支えは毎日の啓太との学校生活、月2回の祖父鈴吉と月命日に来る松岡迅との語らい。
そして、母との最後の約束。
だが…数日後の悲劇は和希の中に僅かに残っていた気力さえも奪い取ってしまう事になる…




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