執事の君といつまでも… 10
置き手紙だけを残して黙って家を出てきた中嶋を河本は迎えにきたが、中嶋は帰
らないと言い張った。
「英明様、お聞きわけ下さい。」
「まだ帰らない。帰りたければ、河本が1人で帰ればいいだろう。」
「私1人で帰るわけにはいきません。私が帰る時は英明様もご一緒です。」
「俺はまだ帰らないって決めたんだ。統括執事だからって俺に命令するな!」
「確かに私は統括執事です。けれども、英明様のお父上から英明様を連れて帰る
よう承ってきました。私の主人は英明様のお父上です。そして、英明様はお父上
の決めた事には従わなくてはなりません。」
河本にきつい口調で言われ、中嶋は唇を噛んだ。
そんな中嶋を和希はただ見つめているだけだった。
本当は何か声をかけたかったのだが、今は口を出してはいけないと思ったからだ
。
悔しそうな顔をする中嶋に河本はため息をつくと、携帯を開きどこかに電話をか
けた。
「河本です……はい、お会いしましたが、今すぐに連れて帰るのは無理そうです
。」
和希と中嶋は驚いて河本を見た。
そんな2人に河本はにっこりと微笑んだ後、
「実は初めて1人で電車に乗ってここまで来たせいなのか疲れが出てしまい熱を出
しています。無理をさせて悪化させても困りますので暫くこちらで養生してから
にしたいのですが、構いませんでしょうか?……いえ、入院は特には考えており
ません。遠藤がいますので、差し支えいのでしたらこのままここで落ち着くまで
過ごさせたいと思っておりますが、よろしいでしょうか?……はい、その点は大
丈夫です……5日程休めば大丈夫だと先程医師も仰ってましたので、5日後に私が
責任をもって英明様を自宅まで連れて帰ります……はい、伝えておきます。それ
では、お忙しい時間に申し訳ありませんでした。」
河本は通話を切ると、唖然としている和希と中嶋に言った。
「英明様。今の会話を聞いていらっしゃいましたね。」
「あ…ああ…」
「私は初めて旦那様に嘘をつきましたが、後悔はしておりません。英明様も和希
も私と同罪ですので覚悟はして下さいね。」
「ありがとうございます。河本統括執事。」
頭を下げる和希に、
「英明様にも休息が必要だと思ったから旦那様に進言しただけです。英明様、私
は5日後に迎えに来ますのでそれまではここでご自由にお過ごし下さい。けれども
、英明様は病人なのでくれぐれも日焼けはなさらないで下さい。あくまでも、こ
こで療養している事をお忘れないよう、お気をつけ下さい。」
「分かった。俺は高熱を出して和希の家で寝ているんだな。寝ているのに日焼け
していたら遊んでいるのがばれるから、気を付けて外遊びをする。河本統括執事
、俺のせいで嘘をつかせてごめんなさい。」
頭を下げた中嶋の前に河本は膝まずくと、
「頭を上げて下さい。英明様。そしてよく聞いて下さい。世の中にはついて良い
嘘と悪い嘘があります。いずれ英明様にも理解出来る日がきます。今回はあまり
良い嘘ではありませんが、英明様の心の健康の為には必要だと思ったのでついた
嘘です。ですが、2度とこのような我が儘は認められません。今回のみ特別だと言
う事をご理解下さい。」
中嶋は黙って頷いた。
その顔は河本の言葉を真摯に受け止めている顔だった。
河本は立ち上がると和希に向かって、
「5日後に英明様を迎えに来るのでそれまで英明様の事を頼みます。」
「はい。任せて下さい。本当にありがとうございます。」
和希は元気良く返事をして頭を下げたのでした。
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