執事の君といつまでも… 11

「和希君、悪いけどあの棚の箱を取ってもらえる?」
「いいですよ。」
棚の上の箱が取れずに困っていたメイドはちょうど通りかかった和希に声を掛けた。
ちょっと背伸びをして箱を取った和希はその箱をメイドに渡す。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう、和希君。助かったわ。」
「どういたしまして。困った時はいつでも声を掛けて下さいね。」
ニコッと笑いながら言う和希にメイドは頬をほんのりと赤らめた。

あの夏の日から2年が経っていた。
和希の実家で過ごした5日間の事は2人きりの秘密だった。
誰に聞かれても中嶋が体調を崩し、和希の実家で寝ていた…と言っていた。
しかし…
この5日間で和希も中嶋も変わっていた。
見た感じは今までとはどこも変わらなかったのだが、深い信頼関係で結ばれていた。
そのせいか、中嶋は以前よりも和希と一緒にいなくても平気になっていた。
また、和希も学校で生徒会役員をやるなど、学生生活も楽しく過ごすようになっていた。
そんな2人を統括執事の河本はよい傾向だと思っていたが、どうしても1つだけ気になっていた。
それは2人が依存しすぎている事だった。
このまま中嶋が成長してしえばまずい事になってしまわないかと懸念していた時だった。

「河本統括執事。お時間がある時で構いませんので、話を聞いて頂けませんか?」
「今でも構わないが、遠藤はどうなんだ?」
「はい。私は大丈夫です。」
「なら、こちらで話を聞こう。」
そう言って河本は統括執事の部屋に和希を連れて行った。
中に入ると河本はソファーに座るように言い、紅茶を入れた。
「申し訳ありません。」
頭を下げる和希に河本は言った。
「毎日家でも顔を合わせているのに、話をしたいという事は仕事の事か?」
「はい。留学したいんです。」
「留学?」
「イギリスの執事養成学校です。そこで、執事としての勉強をもっとしたいんです。」
「そうか。だが、費用は大丈夫なのか?」
「はい。ここで働いたお給料は殆ど使っていません。それにあちらの学校でも仕事を斡旋してくれるそうなので何とかなると思っています。」

和希の話を黙って聞いていた河本は微笑んで和希の頭を撫でた。
「河本統括執事?」
不思議そうな顔をする和希に、
「わずか2年半で随分としっかりしたようだな。ここでの仕事の事は私から中嶋様に話しておこう。」
「ありがとうございます。」
「しかし、どうして執事養成学校に行こうと思ったんだ?」
「中学で良家の執事をたくさん見てきました。その時、思ったんです。私はまだまだ執事としては半人前だと。それに、精神的にも大人になりたい。」
「精神的?」
「はい。自分が英明様に依存している所があるって気がついたんです。」
「そうか…気付いていたのか。」
「河本統括執事は気付いていらしたのですか?」
「ああ、随分と前からな。」
和希は参ったという顔をした後、
「私は英明様が好きです。でも、このままでは英明様も私もいつまでたっても1人前になれないと思ったんです。だから…ここを離れて自分を見つめなおして、本当の執事とは何か勉強してきたいと思っています。」
「詳しい事は家に帰ってからまた聞こう。ここでの仕事の件はこちらでする。家では叔父として協力できる事をさせて欲しい。」
「河本統括執事…」
「お前は私の可愛い甥だと言う事を忘れるな。いいな。」
「はい。」
和希は破顔で答えた。
だが…
内心は複雑だった。
もちろん、きちんと勉強をしてりっぱな執事になりたかった。
その一方で中嶋への想いに苦しんでいる自分がいるのに気が付いていた。
中嶋を主人をしてではなく、恋愛感情で見ている自分に気が付いた和希はこのままではいけないと思い、中嶋から離れたいと思っていたのだった。




BACK      NEXT