執事の君といつまでも… 9
「和希」
名前を呼ばれた気がした。
しかも、その呼び声は中嶋の声。
「幻聴?疲れてるのかな?」
そう呟いた和希だったが、すぐにその考えは打ち消された。
「和希!」
もう1度呼ばれ、和希は声がした方に振り向いた。
そこにいたのは中嶋だった。
「…英明様…?」
「和希!会いたかった!」
驚いて呆然としている和希の胸に中嶋は飛び込むと泣き出した。
「どうして、俺に黙って帰ったんだ?俺…和希に捨てられたと思ったんだぞ。」
「英明様?」
「和希の姿が見えなくなったから河本に聞いたんだ。そうしたら和希は実家に帰ったって言うじゃないか。俺…和希がいなきゃ嫌だ。和希は俺の事が嫌いになったのか?だから黙って帰ったのか?」
「あの…」
「俺のどこが悪かったんだ?気に入らない所を直すから帰ってきてくれないか?それとも、もう顔を見るのも嫌なのか?」
涙を流しながら必死に和希に質問を浴びせる中嶋。
和希は唖然としてしまった。
夏休みだから実家に帰っただけなのに、叔父である河本はどんな風に自分の帰省の事を中嶋に言ったのだろうか?
「俺…いえ、私は夏休みなので帰省しただけなのですが、河本はどのように英明様にその事を伝えたのですか?」
「『和希は実家に帰った』と言っていた。それと『和希の事は忘れて英明様は勉学に励んで下さい』とも言っていた。」
確かにその通りだった。
使用人の1人が1ヵ月半夏休みを取って帰省した。
ただ、それだけの事だ。
だが、中嶋は勘違いをしたのだ。
『実家に帰った』と言われたので、中嶋家の使用人をやめたと思ったのだろう。
確かに普通こんなに長期間休みを取る者はいないから。
叔父さんも人が悪いな…と和希は思った。
こんな言い方をすれば英明様が誤解をすると分かっていて言ったのだろうから。
和希は涙で濡れている中嶋の頬を優しく撫でると、
「英明様、私は中嶋家の使用人を辞めたわけではありません。親元を離れて初めての夏休みだったので特別に学校の夏休み期間中お休みを頂いたんです。」
「休み?」
「はい。今はまだ執事見習いですが、執事になると忙しくなるので今のうちにゆっくりと休暇を取れと言われたんです。」
「……」
呆然と和希を見つめる中嶋に和希は微笑んだ。
「河本統括執事も言い方が悪かったんですね。」
中嶋は罰が悪そうな顔をして、
「俺は…和希が辞めたって思ったんだ。」
「辞めませんよ。だって、私は英明様の遊び相手なんです。英明様が私をいらないと仰るまで側にいさせてもらう予定です。」
「本当か?」
中嶋の顔がパア〜と明るくなった。
年相応の顔をした中嶋を見たのは初めてだった。
「はい。」
「それじゃ、ずっと俺の側にいろ。俺は和希の事が好きだ。」
「私も英明様が好きです。」
嬉しそうに笑う英明の顔を見ながら和希も嬉しそうに微笑むのでした。
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