執事の君といつまでも… 12


「留学?どうしてだ?ここにいたって勉強できるだろう。」
「英明様…」
和希から留学の話を聞いた中嶋は激しく動揺していた。
何とかして和希をやめようと色々と言ってみたが、もう決めてしまった和希は何を言われてもやめるとは言わなかった。
「どうしても駄目なのか?俺がこんなに頼んでいるのに…」
泣きそうな顔の中嶋を見た和希は、
「英明様、私は英明様の為に留学するんです。英明様がこの中嶋家を継がれ当主になった時、この家を守る執事として恥ずかしくない教養を身につけたいのです。その為には今学ばないとならないのです。」
「和希…」
「ご理解頂けますか?」
「俺の為に行くのか?」
「はい。英明様の為にだけ行ってくるのです。」
『英明様の為だけ』
この一言が中嶋の心を動かした。
中嶋はギュッと手を握りながら、
「分かった。俺も和希がいない間に自分をできるだけ磨いておく。」
そう言うと小指を和希の前に差し出し、
「その代わりに約束だ。必ず俺の所に帰って来ると。」
和希は微笑みながら中嶋の小指に自分の小指を絡ませた。
「はい。約束します。」
和希と中嶋の2人の間に交わされた指切りだった。


その晩、中嶋が寝ている時に和希はそっと中嶋の部屋に入って来た。
気持ちよさそうに寝ている中嶋を見ながら、
「英明様、黙って行く事を許して下さい。英明様は見送りをすると仰って下さいましたが、私は1人で行きます。」
中嶋の顔を忘れないようにジッと見つめる和希。
主人に対して邪な想いを抱いてしまった自分を責めていた。
和希は留学する事で中嶋への想いを断ち切ろうとしていたのだった。
でも…
和希は身を屈めて中嶋の唇に自分のそれを重ねた。
すぐに放した和希の目には涙が浮かんでいた。
「好きです、英明様。でも…この想いはもう封印します。今度会う時は英明様の忠実な執事です。」
そう呟くと中嶋の部屋をそっと出て行った。


「英明様、お待ち下さい。」
執事が必死に中嶋を止めようとしていた。
「朝早くからどうした。」
河本はそう言いながら、中嶋と執事の前に来た。
執事は助かったと言う顔をした。
「河本統括執事。英明様が空港に行くと仰るのです。」
「空港?何をしに行かれるのだ。」
執事が答える前に苛立った声で中嶋が答えた。
「決まってるだろう!和希に会う為だ!」
「遠藤にですか?しかし、遠藤の乗る飛行機はもうじき飛び立ちます。今から空港に行っても間に合いません。」
「だから?だから行くなと言うのか?もしかしたら間に合うかもしれないじゃないか!」

河本に向かって怒鳴る中嶋に河本はキツイ口調で言った。
「英明様。この際ですのではっきりと申し上げます。遠藤の事はお忘れ下さい。」
「何言って…」
「これは以前から思っていた事です。英明様は遠藤を気に入っていらして特別に扱っておられましたが、そういう行動は秩序を乱します。」
「なっ…」
「遠藤は中嶋家の使用人です。英明様がいつまでも側にいて欲しいと望むべき存在ではありません。」
中嶋はキッと河本を睨むが、河本は気にせずに話し続けた。
「よろしいですか。使用人に特別な扱いは必要ありません。これはちょうどいい機会です。この際遠藤の事は忘れ、中嶋家の当主に相応しい教養を身につけて下さい。」
「でも、俺は和希が好きだ。」
「英明様。今の言葉は撤回して下さい。英明様はもう子供ではありません。」
「だけど…」
「英明様がそのままですと遠藤をこの家に戻す訳にはいきません。」
「えっ…」
「遠藤の存在が英明様が当主になられる為に邪魔な存在と判断されるからです。」
「…和希がいなくなるのは嫌だ…」
「でしたら、どうすればいいのか分かりますね。」
中嶋は黙って頷くしかなかった。
「英明様の支度を手伝いなさい。」
河本はその場にいた執事にそう言うとその場を去って行った。

執事に付き添われ部屋に戻る中嶋はその時、ある事を決心していた。
誰にも文句のつけようがない位の力をつけ、中嶋家の当主になる。
そして和希を必ず自分の傍に置く。
その時には誰にも文句は言わせない。
それだけの実力をつけているのだから。
だから…
その為の努力は惜しまない…
和希を手に入れる為に幼い中嶋はそう心に誓うのであった。




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