執事の君といつまでも… 4
車に乗った中嶋は不機嫌だった。
その理由に思い当たる節がある和希は黙って運転をしていた。
毎回、飽きもせずに同じ事でよく機嫌を損ねる事ができるものだとある意味和希は感心してしまう。
中嶋がこうなってしまった以上は機嫌が良くなるまで黙っているに限る。
下手に話し掛けてこれ以上機嫌を損ねたら困るからである。
だが、そんな和希の思いなど知らない中嶋は助手席に置いてある紙袋を嫌そうに見ながら、
「和希、その紙袋は何だ。」
「これは、私物です。」
「なら、トランクに入れておけばいいだろう。」
「申し訳ありません。」
中味が何であるか間違いなく知っているのに、わざと知らないフリをして聞く。
七条と気が合わない中嶋は、和希が七条と仲がいいのが気に入らないのだ。
だから、和希が駐車場でよく七条と話しをしているのを見ると途端に機嫌が悪くなる。
それを知っていても、和希は七条との友情を辞めようとは思わなかった。
七条とは、以前執事養成学校で一緒に学んだ事があった。
何を考えているか分からない事もしばしばあるが、根は優しい。
それに、中嶋家と関わりがある西園寺家の執事をしている。
執事としても関係を上手く築くに越した事はない。
「どうせ、またあの犬から甘い物でももらったのだろう?」
「英明様には関係のない事です。」
「主人に向かってその口の利き方は問題があるんじゃないのか。」
和希はため息を付くと、
「確かに、私は英明様にお仕えしております。ですが、私を雇って下さっているのは英明様ではなく、英明様のお父上です。その点をお間違いのないようご理解下さい。」
「…っ…」
中嶋は悔しそうに唇を噛む。
中嶋が何を言っても和希は冷静に受け答えをする。
それが悔しかった。
「和希、行き先の変更だ。いつもの店に寄って行く。」
「えっ?今からですか?今日はもう遅いので直接帰った方がよろしいかと存じますが…」
「俺に指図をするのか。」
「いいえ、その様なつもりはございません。すぐに向かいます。」
そう言って和希は行き先を変更したのだった。
「今月のデザートプレートに今月の紅茶、コーヒーでお間違えございませんね。」
中嶋が注文した物を確認すると、その店員は頭を下げてその場を離れて行った。
中嶋が和希を連れてきたいつもの店とは、落ちついた雰囲気がするカフェであった。
こじんまりとした店なのだが、ここのデザートプレートはとても美味しく人気の商品だった。
デザートプレートにはアイスにジュレ、ケーキがのっていて、毎月デザートの中味がかわるのだが、今月は苺をメインにして作られている。
種類の違う苺、ひのしずく・紅ぽっぺ・あまおうを使っている。
甘すぎず、素材の味を引き出しているここのデザートを和希はとても気に入っていた。
その事を知っている中嶋は時々和希を連れてここに来ていた。
ただし、中嶋は甘い物が嫌いなのでいつもコーヒーだけを注文している。
なので、和希としては中嶋と一緒に来るのは心苦しのだが、中嶋は和希の意志を無視して今日のように気が向いた時にこうして一緒に来ていた。
「英明様。」
「何だ?」
「どうして急にこの店に来られたのですか?」
「俺の勝手だろう。」
「ですが…」
「俺と一緒に来るのがそんなに嫌なのか。」
「そうは言っていません。ですが、このように遅い時間ですので真っ直ぐに帰られた方がよろしいかと思ったのです。」
「ここのコーヒーが好きだから飲みたくなっただけだ。」
「でしたら、お一人でお飲みになられれば、よろしいのに。私は車の中で待っていますので、今度からそうなさって下さい。」
和希の言葉を聞いて中嶋は顔を曇らせる。
「和希は俺と一緒だと嫌なのか。」
「そんな事は申しておりません。ですが、お付き合いなら私も英明様と同じくコーヒーにして下さい。」
「和希はここのデザートが好きだろう。」
「はい。」
「なら、黙って食べればいい。それとも俺の奢りでは食べたくないと言うのか。」
和希は首を振りながら、
「いいえ。英明様が気を使って下さって嬉しいです。」
微笑みながら答える和希を見ていると、幼い頃いつも一緒に遊んでくれた和希を思い出す。
今も微笑んでくれているが、その笑顔は昔の笑顔と違うと中嶋は思っていた。
なぜ、和希はあの頃のように心の底から中嶋に微笑んでくれなくなったのか…
中嶋の心は今の和希の微笑みを見る度に鈍い痛みを感じるのであった。
BACK NEXT