「まったく、あいつは何度言えば理解出来るんだ。」
中嶋は心の中で呟いた。
先程、和希が丹羽に声を掛けた時、丹羽の下らない話を聞く為だと分かっていた。
本人達は気付いていないと思っているようだが、小声で和希と啓太が話をしていたのを中嶋は聞いていた。
もちろん丹羽は西園寺の事で頭がいっぱいだから、和希と啓太の会話には気が付いてもいない。
それは構わない。
いつもの事だからだ。
だか、伊藤の前で顔を赤らめて照れるとは…
まぁ、相手が伊藤なら許そう。
和希にとって伊藤がどれだけ大切な存外だかは理解はしている。
それに伊藤はあの犬に惚れているので、間違っても和希に恋愛感情を抱かないので問題はない。
それは丹羽とて同じだが、あいつは綺麗なものに弱い。
だから和希の笑顔に顔を赤らめたのだ。
その時の様子を思い出して中嶋はもう一度ため息を付くと、和希の方をチラッと見た。
何事もなかったように仕事をしている和希。
時々、伊藤が困った顔をするとさりげなく助けている。
見ていないようで伊藤の様子を把握しているのは鈴菱として訓練されたからだろ。
それだけの実力をもちながら、自分の容姿に対しては無頓着だ。
何度言っても「中嶋さんの欲目で、俺なんて誰も相手にしませんよ」と笑って言うだけだ。
今夜はお仕置きだな…と思いながら中嶋は仕事に集中始めた。
その晩、丹羽の相談にのった和希が丹羽の部屋のドアを開けようとすると、外側からドアが開いた。
「な…中嶋さん?」
驚いた顔をした和希を中嶋は平然と見ていた。
「何を驚いている?」
「急にドアが開いたら誰でも驚きます。」
「驚いた理由はそれだけか?」
「えっ?」
「分からないならそれでいい。」
「あの、中嶋さん…何が言いたいんですか?」
困った顔をした和希をニヤッと見つめる中嶋。
だが、最初に口を開いたのは丹羽だった。
「ヒデ。痴話喧嘩ならここでやるなよ。」
「痴話喧嘩などしていない。」
「嘘つけよ。どう見たって痴話喧嘩じゃねえか。」
「丹羽。」
中嶋に睨まれて丹羽は頭を掻きながら、
「悪かったよ。俺の見間違いだ。でもよう、話をするなら自分の部屋でやれよ、ヒデ。」
「ほう…誰に向かってそれを言っているんだ。」
「だから、悪かったって言ってるだろう。それに、遠藤を借りたお礼はちゃんとしたろう?」
「当たり前だ。忙しい和希をただで貴様に貸す必要がどこにある。」
「あの…」
和希が声を掛けた。
「あの…俺が何かしたんですか?」
「お前が気にする必要はない。それよりも部屋に帰るぞ。」
「はい。」
そう言って中嶋の後について部屋を出ようとした和希は後ろを振り返り、
「王様、先程の件は俺に任せてくださいね。届きましたらメールをします。」
「ああ。頼む。ありがとうな。」
「いいえ。王様にはいつもお世話になっていますから、俺で役に立てたのなら嬉しいです。」
「凄え助かったぜ。」
丹羽に向かって嬉しそうに微笑む和希。
「和希。いつまで話しているんだ。行くぞ。」
「あっ…はい。王様、お邪魔しました。」
和希は丹羽に向かって頭を下げると、静かに扉を閉めた。
その様子を見た丹羽は呆れた顔をしながら、
「まったく…ヒデの奴、やきもちやきなんだな。驚いたぜ。あれじゃ、遠藤は大変だな。まあ、ヒデと付き合う事自体大変だからその辺りは覚悟してるんだろうな。」
そう言って丹羽は携帯の通話のボタンを切った。
実は和希が丹羽の部屋に来る事を知った中嶋から和希が部屋に着たらその様子を知らせる為に携帯の通話ボタンを押したままにしておけと言われていたのだった。
つまり、和希が丹羽の部屋に訪れていてから帰るまでの会話は丹羽の携帯を通して全て中嶋の知る所になっていた。
「部屋に盗聴器が付いてないだけましか…」
丹羽はそう思いながら、和希が提案してくれたバレンタインと誕生日のプレゼントを思い出し、1人幸せに浸っていたのであった。