「王様、どうぞ。」
和希が手渡した紙袋を丹羽は大切そうに受け取った。
「ありがとな、遠藤。」
「どういたしまして。」
和希はニコッと笑いながら答えた。
和希が丹羽に渡したのは外国産メーカーのチョコレート。
ここのメーカーのチョコレートはカカオの香りが豊かで甘くなく、それでいてこくがある。
知る人ぞ知る、人気が高いチョコレートだった。
だが、このメーカーのチョコレートは日本でまだ販売している店舗がない為、手に入れるには通販しかなかった。
「でも、遠藤はよく郁ちゃんが好きなチョコレートを知っているな。」
「偶々知る機会があっただけですよ。甘いものが苦手な西園寺さんがここのメーカーのチョコレートは美味しいって言ってるのを聞いた事があるんです。今回、それが役に立って良かったです。」
「凄く助かったぜ。だってよう、郁ちゃんは甘いものは苦手だろう?ましてチョコレートなんて渡したら『私に対しての嫌がらせか?』って言われるからな。」
頭を掻きながら言う丹羽を見て、和希は優しく微笑む。
「そうですね。西園寺さんの事ですから、暫くは口をきいてもらえなくなりそうですね。」
「ほんとだぜ。でも、本当に送料を払わなくていいのか?」
「はい。もともと取り寄せるつもりだったので大丈夫ですよ。」
「ヒデにか?」
「えっ?」
「今、取り寄せるって言ったろう。ヒデに渡す為に取り寄せたんだろう?」
「そ…それは…」
顔を真っ赤にする和希。
和希がチョコレートを渡す相手なんて、わざわざ聞かなくたって分かる。
中嶋と和希は恋人なのだから。
その事を知っている丹羽に対してこの反応。
いつまで経っても初々しい和希に中嶋が惚れ込んでいるのも分かるような気がする。
綺麗な顔をしてこんな反応を見せられると中嶋ではないけれども、可愛いと思ってしまう。
まあ、そんな気持ちが中嶋にばれたら、どうなるかは想像がつくのでけして口には出さない丹羽だった。
「しかし…なんだな…」
「何ですか?」
言葉を濁した丹羽に和希は不思議そうな顔で聞いた。
「そのな…遠藤が制服を着ていると1年生にしか見えないんだ。でもよう、そうやってスーツを着ているとやっぱり理事長なんだなぁって思うんだよ。で、その理事長が俺に対して敬語を使っているだろう。変な気がするんだよな。」
そう言われた和希はキョトンとした後、
「そう言われればそうですね。俺は理事長で王様は生徒ですからね。それなのに理事長室で先輩後輩としての会話をしているんですから違和感があって当然ですよね。」
クスクスと笑いながら、
「それでは、本来の話し方に変えた方がいいかな、丹羽君。」」
「よせよ。俺がお偉方さんが苦手なのを知ってるだろう。それよりもヒデに聞いたんだが、今日は寮に戻らねえのか?」
「はい。今日はこの後は仕事で出かけなくてはならないので、帰りは明日の午後になる予定です。」
「そっか。大変だな。」
「仕方ないです。これが俺の仕事ですから。それよりも西園寺さんと素敵なバレンタインを過ごして下さいね。」
「ああ。遠藤もヒデと濃厚な時間を過ごしてくれよ。」
「の…濃厚って…王様!何を考えているんですか!」
「何って事実だろう?」
「それは…そうですけど…」
困った顔をした和希に丹羽は笑いながら、
「てれるなって。俺もヒデと遠藤を見習って郁ちゃんと最高なバレンタインと誕生日を過ごすからな。」
丹羽はそう言いながら理事長室を出て行った。
1人になった和希は机をそっと開いた。
そこには先程丹羽に渡したチョコレートと同じメーカーのチョコレートが入っていた。
「英明も気に入ってくれるといいなぁ…」
チョコレートを見ながら和希はそう囁いた。
予定では他のメーカーのチョコレートを中嶋の為に取り寄せる予定だった。
丹羽に西園寺に渡すチョコレートを相談され、西園寺の好きなメーカーのチョコレートを取り寄せる事になった。
だが、チョコレートの値段と送料を合わせると丹羽の予算を大幅に超えてしまった。
これでは無理だと丹羽が言ったのを聞いた和希は自分も同じメーカーのチョコレートを取り寄せたいので送料を持つと言ってしまったのだ。
せっかく送るのだから、西園寺が喜ぶものがいいに決まっている。
中嶋は特に好みのチョコレートはないのだから、大丈夫だろう。
和希はそう思ったのだった。
和希が取り寄せようとしたメーカーのものと同じ位甘さ控えめのチョコレートなのだから。
しかし、この事が後にお仕置きに発展するとは想像もしなかった和希でした。